東陽町ホンネの日記

2012年3月30日(金)









 名古屋中央卸売市場から帰った後→グランドゴルフ協会総会に出席→刈谷豊田総合病院救急救命センター内覧会→NPOくるくるの入社式→はやぶさ帰還カプセル展示会→藤田保健衛生大学病院に営業訪問→NPOくるくる納会に出席 と、忙しい一日でした。

 はやぶさがイトカワ目指して飛び立ったのが2003年5月9日。「障害を持った方も地域で自分らしく暮らせる社会を目指して=地域福祉の充実」の志を持って、NPO設立に向けて準備を開始したのも全く同じ2003年の5月のことです。その翌年設立されたNPOくるくるも、今では職員の数が90名ほどとなり、大卒の新規職員も定期採用するまでに成長しました。

 なぜこれほどまでにくるくるが急成長したか、私は3つの要因があると思っています。

1つ目は、代表である鈴木氏の志・理念がぶれずに貫かれていたこと
2つ目は、それぞれの職員を信頼して、役割をまかせきったこと
3つ目は、障害者自立支援法の制定により制度やルール、行政の後押しがあったこと

 事業者がこれだけ成長したということは、利用者にとっても、措置制度であった頃の障害者福祉では考えられなかったようなサービスが、今では当たり前に受けられるようになったことを意味しています。今年の新卒者4名も素晴らしい志と意気込みを持った若者達です。彼らの成長と、更なる地域福祉の充実を願っています。
2012年3月29日(木)
議会基本条例検討特別委員会が開催されました。

 [議会の活動原則]と[議員の活動原則]については、前回各会派から頂いた意見を、正副委員長で条例案文として整理したものがほぼ了承して頂くことが出来ました。

 次に議論となった[議会報告会]のやり方について、自民クラブとしては次のような発言をしました・・・・

 他市の議会報告会を視察したり傍聴して感じた問題点として、決まったことを単に報告しているだけ(紙面[議会だより]と同じ内容)で、市民にとって魅力を感じない報告会になっている。その原因としては
①開催場所(地区)ごとの内容的な変化がない
②出席議員が個人の意見を言うことが出来ない
③地元(地区)の議員が出席出来ない
④一方的な議会報告で、市民からの声を聞く運営になっていない

といったことが揚げられます。そこで、これらの問題点を解決する方法として、「主催→刈谷市議会 主管→○○議員(議員個人)」方式の報告会を提案します。具体的なやり方としては

①開催回数は、それぞれの議員年に一回以上
②開催の告知は[議会だより・市民だより・HP]で行なう
③会場費等の経費は公費負担(政務調査費も可)
④運営方法・報告内容はそれぞれの議員に任せる
⑤複数の議員で合同開催も可

 この方法でのメリットとしては、議員が最低1回開催するとしても全体で28回、内容は各議員にお任せですから、時にはテーマを絞って(たとえば、今回は介護保険についての議会報告会を行ないます・・・といった感じで)開催することも可能ですから、市民にとっては、様々な会場で、多様な議会報告会が提供されることにもなるのです。また議員にとっても、「あの議員はどんな考えで、どんな活動をして、何を主張しているか。プレゼン能力はどうか。市民の声をどれだけ聞いてくれるのか」といったことを試されることになるので、議員同士も切磋琢磨して内容の濃い報告会が開催されるのではないかと考えています。

 自分としては「全国の自治体にはない、非常に斬新で、市民にとっては魅力のある議会報告会になる」と自信を持って提案したのですが、今ひとつ皆さんには理解してもらえていません・・・・(涙)
2012年3月28日(水)
コロンブスレポートの発送準備(封筒への宛名ラベル貼り)を始めています。印刷が上がってくるのが31日(土)の朝一番、そこからは数名の方に手伝って頂き作業を進めるのですが、宛名ラベル貼り作業はいつも一人でやるようにしています。どなたに郵送しているか、一人ひとりの名前を確認しながらの作業です。

 春は別れと出会いの季節、そして変化の季節でもあります。これまでのルールやしくみ、制度、組織が年度変わりと共に大きく変わる場合があります。「最も強いものが生き残るのではなく、最も賢い ものが生き延びるわけでもない。唯一、生き残るのは変化できるものだけである。」ダーウィンの言葉です。

 変化は時に、苦労や苦痛を伴いますが、次への飛躍のために「よしっ!」として真正面から受け止め、頑張って行こうと思います。
2012年3月27日(火)
4月1日より市内の8施設が福祉避難所に指定されます。

 福祉避難所と言うのは、高齢者・障害者・妊産婦などの避難者の心身の状況や、避難所の施設の状況により一次避難所での生活において一般の避難者との共同生活が困難で、特別な配慮を要する災害時要援護者が、安心して避難生活が出来るよう、その施設設備や物資・器材・人材等に関して体制を整備した避難所です。

指定される施設は、公共施設では・・・・

・高齢者福祉センター(ひまわり)
・南部福祉センター(たんぽぽ)
・心身障害者福祉会館
・一ツ木福祉センター

民間施設では・・・・

・特別養護老人ホーム「ヴェルバレー」
・知的障害者援護施設「ペガサス」「ペガサスⅡ」
・特別養護老人ホーム「シルバーピアかりや」

 福祉避難所の備蓄品としては、食料品・飲料水・毛布など一次避難所と同様の備蓄品のほか、福祉避難所用として、おかゆなどの介護食を初め、車いすや車いす対応型の仮設トイレ、担架兼用ベッド、歩行器、つえなどの介護用品です。写真は、福祉避難所に指定される高齢者福祉センター(ひまわり)に設置された備蓄倉庫です。この屋根には太陽光パネルが付いているのですが、写真で見えるかな~ぁ?
2012年3月26日(月)
 先日の日記にも書いた通り、新年度から、これまでの市役所南庁舎を改修した[刈谷市民交流センター]や保健センターを改修した[刈谷市障害者支援センター]などがオープンしますが、県の施設でも新たに供用開始される施設があります。

 それは、境川浄化センターのグラウンドゾーンと芝生ゾーンです。4月1日より無料開放され、利用時間は4月~10月までは午前9時から午後5時まで、11月~3月までは午前9時から午後4時までとなっています。基本は自由に使用OKですが、大きな大会などをする場合は、2ヶ月あるいは3ヶ月前からの事前申し込みが必要となります。

 詳しくは、刈谷市のホームページでご覧下さい。
2012年3月25日(日)
久しぶりに(社)実践倫理宏正会の朝起き会に出席しました。先々週の土曜日に名古屋のガイシホールにおいて春季大会が行なわれ、今日はその時の会長先生の御倫話を拝聴する朝起き会です。会場は市原稲荷神社さん、朝5時から200名ほどの参加者で行なわれました。

 会員でもある大村知事自身は今日は欠席でしたが、その代わり秘書が2名出席されていました。その内の一人Aさんは、以前からの会員で、秘書という立場を離れて個人としてもずっと朝起き会に集っていたのですが、昨年の知事選挙以降、ずっと欠席をしていました。その理由は「知事選挙の時に、大村氏への推薦をお願いしたところ、会から断られてしまったので、面白くなくて欠席していた」とのことでした。

 ところがそれから数ヵ月後、知事から「推薦を貰えても貰えなくても、そんなことは関係ない。ちゃんと出席しなければだめじゃないか! 出席することが大切なのだよ。好き嫌いで判断してはダメだ。」と叱られてしまったそうなのです。その話しを聞いて、大村知事の姿勢の立派さを改めて発見した思いがしました。見習うべき[姿勢]です!
2012年3月24日(土)








 あおば保育園の保育証書授与式に出席しました。これまでの卒園式との違いでいくつかの感動・驚きがありました。

 1つ目は、我々来賓が舞台上で着席する会場設営であったこと。2つ目は、園長先生から一人ひとりの卒園児に証書が渡されるのですが、その際、一人ひとりの児童に対して拍手が起きたことです。3つ目は、お母さんと児童が対面して[お母さんに感謝の言葉]を述べる企画があったことです。そしてその際、「お母さん」と呼んだのは僅か2名、「かあちゃん」と呼んだ子どもも1名いたと思いますが、その他の27名は全て母親のことを「ママ」と呼んでいました。これには驚きました!

 これで今シーズン、小中学校・幼稚園そして今日の保育園と、全ての卒業(卒園)式に出席させていただいたのですが、父兄席での涙は今日が一番多かったような気がします。仕事を抱えながら、子どもさんを育ててこられたその苦労と、成長された子どもさんの姿とがラップしての涙だったのではないかと思います。本当に、お疲れ様でした。そしておめでとうございます。子どもさんの未来が輝かしいものであることを祈念申し上げます。
2012年3月23日(金)
今日は刈谷市職員の異動が発表される日です。朝、部長以上の幹部により臨時の行政経営会議で、異動が確認され、会議が終了した後、職員のパソコンに全ての異動が伝えられる段取りになっています。

 目を凝らして先ず探すのは「自分がどうなっているか」、その後「上司は、部下は、友人は・・・」といった感じで、職員にとっては緊張の瞬間だろうと思います。今回、刈谷市では初の女性部長が誕生しました。次世代育成部長の本間さんです。私の持つイメージとして「本間さん=子育て支援」という感じがありますから、次世代育成部長は適任だと思います。また、現在の議会事務局長がこの3月で定年退職となりますので、この後任が誰かと注目していたのですが、現教育部長の武藤さんに決まりました。昨日、武藤さんにお会いした時「私の予想では、来年から議会事務局長ですね」と話をしていましたから、その予想がピタリと当りました。つまり、それほど適任だということです。

 我々議員の元には、[人事異動一覧表]が配られ、その資料から全ての異動を知ることが出来ます。この資料には、異動のほかに、新規採用職員の配属も載っています。そして、最後のページには退職者の名前も掲載されているのですが、私はそのページに一番時間を費やして見ることにしています。もちろん、全ての方を存じ上げている訳ではありませんが、可能な限り皆さんの笑顔を思い浮かべながら・・・・

 議会事務局の職員が作った川柳が、先日新聞に掲載されていました。
          去る人の 湯飲みが一番 寂しそう

 皆さん、本当にお疲れ様でした。
2012年3月22日(木)
3月定例会最終日。付託された委員会の審議結果が委員長より報告された後、全ての議案の採決が行なわれました。終了後、本会議場では、3月末で退任する大嶋副市長、そして4月より新たに就任される鈴木氏の挨拶が行なわれました。

 午後からは、議会報の委員会、都市施設管理協会理事会と続いた後、この春オープンする2つの施設の内覧会が行なわれました。1つは、これまでの市役所南庁舎を改修した[刈谷市民交流センター]です。以前は議会棟として使っていましたから、とても馴染みの深い建物ですが、「この部屋、以前はなんだったんだろう?」と判らなくなるくらい大きく変わっていました。特に、これまで議場として使われていたスペースは、192席の小ホールとして蘇っています。改修費用は約4億円で、4月11日(水)より[市民ボランティア活動センター][国際プラザ][社会教育センター]として利用される予定です。

そしてもう1つは、これまでの保健センターを改修した[刈谷市障害者支援センター]です。機能としては大きく言って3つ。相談支援事業所と地域活動支援センター、そして多機能事業所として自立訓練・就労移行支援・就労継続支援を行なってゆきます。

 夜は、議員親睦会(退職者送別会)が行なわれました。通常こうした会は2時間ほどでお開きなのですが、「もっと多くの方と語りたかった」そんな気持ちになるほど、あっという間に時間が過ぎてしまいました。退職される皆さん、本当にお疲れ様でした。

 退職される方と、リニューアルされた施設・・・・「春は出会いと別れの季節」そんなことを実感させられた一日でした。
2012年3月21日(水)
予算審査特別委員会と議会運営委員会が行なわれました。委員長報告の中で、興味深い数字がありましたので紹介しますと・・・・

ファミリーサポートセンターの会員数推移

平成13年制度がスタートした時には、援助会員+両方会員=80人、依頼会員165人
平成24年3月1日現在、援助会員+両方会員=407人、依頼会員1925人
開設当時に比べ援助会員+両方会員は約5倍に、依頼会員は約12倍になっている

わが家の耐震対策事業の実施状況

昭和56年以前建築木造住宅     10,199戸
そのうち無料耐震診断を行なった件数  2,854件
そのうち要耐震改修と診断された件数  2,544件
そのうち改修・取壊しを実施した件数    453件

 国民健康保険税と介護保険料の引き上げに関連した予算案には2会派が反対しました。国保税の場合は、一般会計からの繰り入れ額を増やせば、来年度保険税の引き上げをしなくて済みますから、「対案のある反対」として理解は出来るのですが、介護保険料の場合は、国の定めたルールで算定していますから、「反対」したところで、「じゃあ、引き上げないためにはどうしたら良いか」と尋ねられても、答えがないのではないかと思います。

 今私どもは、議会基本条例の中で[委員会において議員間討議を実施しよう][当局に反問権を付与しよう]と提案しているのですが、こうしたことが表の議論で行なわれるようになったら、たた反対だけするのではなく対案も示さなければなりませんから、議会も活性化するのになぁ~と今日改めて思いました。20%も上がる介護保険料、上げなくても良い妙案があれば、私も「反対」したいですよ・・・誰だって値上げは嫌ですからね。
2012年3月20日(火)
産業振興センター特別会議室で行なわれ[シェーナウの想い]上映・研修会に参加しました。ドイツの町シェーナウで、脱原発を目指した市民たちが民間の電力会社を誕生させるまでを描いたドキュメンタリー映画です。

 上映後、発言をする機会がありましたので、映画の内容に関連して「昨年の9月議会で、入札により電気を購入することを提案し、クリーンセンターや市内複数の施設でそれが実現したこと」を説明しました。そして入札の際に「刈谷市では、原発に依存していない電気や、自然エネルギーにより作られた電気しか購入しない」と縛りをかければ、ささやかだが地方自治体として行なうことが出来る脱原発や環境保全への取り組みになる。といったことを話をしました。

 その他、給食材料のことや、東日本の瓦礫の受け入れのこと、防災対策のことなど、幼い子どもを持つ親としての不安な声を様々聞くことが出来ました。私の考えとは異なる意見もありましたが、お互いその考えを尊重した上での有意義な意見交換が出来たと思っています。
2012年3月19日(月)








 小高原小学校の卒業証書授与式に出席しました。昨年までは、かりがね小学校に出席していましたので、小高原小学校の卒業式出席は、自分の卒業以来40年ぶりの出席です。進行の上でかりがね小学校とは様々な違いがあったのですが、特に驚いたのは式の途中で流れている曲が弦楽四重奏による生演奏だということです。

 校長先生から卒業生99名、一人ひとりに卒業証書が渡された後、それを手に父兄の元に。そして「皆さんは日本の宝です」「感謝の気持ちを忘れないで」といった校長先生からの餞の言葉の後、卒業生が場所を移動して、在校生・父兄と対面する形での[別れのことば]です。6年間の思い出や、先生・両親・在校生に対する感謝の言葉を全員で力強く述べていました。

私が入学した頃は確か「松・竹・梅・桃・桜・菊」と6クラスあったように思うのですが、今は3クラス。昨年までのかりがね小学校に比べて何となくこじんまりした感じの卒業式でしたが、生演奏のお蔭もあってか温か味を感じる素晴らしい卒業式でした。[本気 元気 正直]の小高原小学校、いつまでも素敵な学校です!!
2012年3月18日(日)








 北部生涯学習センターで行なわれたピアノ発表会を観に行きました。この発表会には、高2になる長男と高1の次女が出演しています。舞台袖から中央に歩いてきて、お客様に一礼した時には、どちらも顔が引きつりとても緊張している様子で、観ているこちらの方がドキドキしたのですが、大きなミスをすることなく無事演奏を終えることが出来ました。

 どちらも小学1年生からピアノを習い始め、長男は中3の時に受験勉強のために一旦習うことをやめてしまいましたが、高校生になると共に「もう一度ピアノがやりたい」と言い出し、再度レッスンを続けるようになりました。一方、次女は受験勉強をしながらでもずっとレッスンを続けていました。僅か週に一度(一回1時間)だけのレッスンですが、ブランクがあるなしに関わらず、やり続けていることは本当に立派だと思っています。二人の演奏を聞いて、「継続は力なり」の言葉を改めて確信しました。

 趣味や特技のない私にとっては、趣味をあそこまで極めている二人に今日は万感の想いで拍手を送りたいと思います。親バカで申し訳ありませんが・・・・・・ u(^へ^;)u
2012年3月17日(土)
週間天気予報が残念ながらぴったりと当たり、今日は朝からずっと雨降りです。その中、豊明にある藤田保健衛生大学病院関係者で行なわれる藤田会ゴルフコンペに参加しました。2ヶ月に一度行なわれるこの会は今日が110回目、平成4年から実に20年も続いている歴史ある(?)コンペです。

 前回1月の大会には欠席しましたが、その前の11月に行なわれた時にも、やはり終日雨降り。何だか私が参加すると[雨]みたいです・・・・( ̄ω ̄;)  スコアは、相変わらずで、「大会の回数と同じ位」といったところです。

 今、藤田学園では「日本一の大学病院」を目指して、大改革が行なわれています。改革という言葉の前に「大」という文字を複数付けてもよいほど大きな改革で、私たち食品を納入している業者も大きな変化を求められていますが、改革という生みの苦しみの後に訪れる「日本一の大学病院」を目指して、共に頑張って行きたいと思っています!!
2012年3月16日(金)
 小高原幼稚園の修了証書授与式に出席しました。園長先生から一人ひとり修了証書を手渡された後、皆に向かって「○○○で嬉しかったです」と幼稚園での思い出を発表、その後、お母さんの元に歩み寄り修了証書を渡す園児。それを受け取りながら、にっこり笑って頭をなでるお母さんの姿。いつみても微笑ましい光景です。

 修了証書を母親に渡す時、ある園児が大きな声で言った「ありがとう」の言葉に私も思わず涙が溢れました。今日は刈谷市内16園全てで式が行なわれ、820名の児童が巣立って行きました。皆さんおめでとう\(^o^)/

   ♪さらなら僕たちの幼稚園  僕たちの遊んだ庭
       桜の花びら降る頃は  ランドセルの一年生♪
2012年3月15日(木)
『第2回 刈谷まちづくり会社設立検討委員会』に出席しました。商店街が刈谷駅周辺で行なっているイベントをこの法人に移管し、事務局スタッフを強化すると共に、周辺のまちづくりにも取り組んでゆくことを目的に設立しようとしている、[会社]と言うより[NPO]といった感じです。

 今日はかなり突っ込んだ議論で、個々の委員の持っている認識の違いや、作ろうとしている法人のイメージがかなり明確になってきました。その結果、もう少し議論を重ねる必要があるだろうということになりました。私は非常に良い事だと思っています。

 ただ・・・・今日の出席者は前回同様、商店街役員も少しはいますが、多くは地区役員・愛知教育大学・地元企業・刈谷商工会議所・刈谷市観光協会・刈谷市・警察・市会議員など、イベント・運営などを主体となってやる側ではなく、いわば応援団のような立場の者ばかりです。今回の動きが、本来の主体となる商店街の皆さんにきちんと理解し納得がされているか、少し気になるところです。
2012年3月14日(水)
終日、コロンブスレポートの原稿書きをしていました。最初の一文を書き出すまではなかなか筆が進まず、精神的な重荷になっていたのですが、やり出せば波に乗って、結局全ての原稿を書き上げてしまいました。明日以降、内容と誤字のチェックをして編集長に送信。やれやれ一安心です\(^o^)/

 根を詰めてやりすぎたせいか、自宅に帰ってから熱がでてしまいました。体がだるくてしかたがありません。もしかしたら風邪をひいたのかも・・・。とりあえず市販の薬を飲んで早く寝ることにします。
2012年3月13日(火)
 刈谷市役所において、自衛隊の募集相談員委嘱式と、新年度自衛隊に入隊する青年に対する激励会が行なわれました。私は数年前から、自衛隊の募集相談員を務めているのですが、この職は刈谷市長と防衛省自衛隊愛知地方協力本部長の連名で委嘱されていることを改めて知り、その責任の重さを痛感しています。昨年の東日本大震災での自衛隊員の献身的な働きにより、「自衛隊に対して良い印象を持つ国民が91%に達する」という世論調査の結果が先日の新聞に掲載されていましたが、そういった意味からも募集相談員であることを誇りに思います。

新年度は4名の若者が刈谷市から自衛隊に入隊します。高卒3名、中卒1名といった本当に若い青年達ですが、その決意発表の言葉に頼もしさを感じました。
「子どもの頃からの夢だった念願の自衛隊員になれて嬉しく思います」
「東日本大震災をきっかけに、人のために役に立つ人間にたりたいと思い、この仕事を選びました」

 毎年この激励会に出席して思うのですが・・・・新年度から新しい世界に飛び込む若者は、刈谷市内には沢山います。そうした中、こうして市長さんから直接、激励をしてもらえるということも、これまた凄いことだと思います。多くの刈谷市民が皆さんの活躍に期待していることを胸に、「平和を仕事にする」崇高な職業で頑張って欲しいと願っています。
2012年3月12日(月)
朝3時40分、自宅の玄関を開けると、何とビックリ!(@_@) 雪が降っているではありませんか。とっさに、東日本被災地のことと、今日行なわれる愛知県高校入試受験生のことが頭に浮かびました。結構な距離を自転車で移動して受験に望む中学生もいるはずです。よりによって今日降らなくても・・・自然は本当に残酷だなぁ~と思います。

 午前中、議会基本条例検討特別委員会が開催されました。[議会の活動原則][議員の活動原則]を議論した後、今日からは、どういった取り組みをするのかといった具体的な中身の議論に入ってゆきました。最近あちらこちらの自治体で行なわれている[議会報告会]について、我々自民クラブでは「聞きに来てくれた市民にとって、実のある報告会でなければやる意味がない=報告会をやったというアリバイ作りだけの形骸化した報告会になってしまうのであれば、むしろ開催しないほうがよい」と主張しています。そういった意味では、「やる」「やらない」よりも、次回以降議論していく「どういったやり方でやるのか」が大切です。

 午後からは、半年ごとに行なわれる、ある国立施設の食品納入入札に参加しました。どの業者がどんな単価で入札したかが、判る仕組みになっていますので、後から見直してみると、多くの商品においてわが社が[次点]というとても残念な状態でした(涙) 自然も厳しいですが、商いも同じくらい厳しいです(´・ω・`)
2012年3月11日(日)
 







 午前10時より総合運動公園で行なわれた『刈谷市消防団観閲式』に出席しました。1年前の今日発生した東日本大震災では、水門などの閉鎖や住民の避難誘導に当っていた消防団員253人が津波などの犠牲になりました。消防本部の職員で犠牲になられた方は27人、警察官は30人ですから、消防団員の犠牲者は際立って多くなっています。消防団というと[火事の消火活動]といったイメージが強くありますが、防災活動を含め地域の様々な活動になくてはならない存在です。仕事を持ちながら、ボランティアに近い状態で活動してくださっている消防団の皆様に心から敬意を表します。本当ご苦労様です。そしてありがとうございます。

 午後からは、桜区地域ボランティア『チェリーの会』の創立10周年記念総会に出席しました。「中国の古い言葉に、1つのことをやり続けて10年経てばそれは偉大だ。20年経てば恐るべし。30年経てばそれは歴史になる。という言葉がありますが、10年経って偉大な活動となったこのチェリーが、更に歴史となるような活動に発展されることをお祈りしています」・・・・来賓としてこの様な挨拶をしました。

 総会後のアトラクションは、チェリー会員の1人でもある与那覇さんの息子さん達による、沖縄の歌とエイサー踊りです。アマチュアとは思えない素晴らしい歌声で、[花][涙そうそう][島唄]などを一緒になって口ずさみ、最後は会場全員で踊りながら10周年をお祝いしました。







2012年3月10日(土)
昨日放送されたテレビ番組『自衛隊だけが撮った0311~そこにある命を救いたい~』の録画を観ました。昨年の東日本大震災において、自衛隊が災害派遣の中でどういった活動をしたかを、克明に記録した映像です。

 自らの家族も行方不明の中、被災者支援に取り組む隊員、津波で流されながらも、近くに流れてきた木をいかだ代わりにして、流れてくる人々18名を引き上げた隊員、放射能被爆の危険を顧みず、原発への放水に当った隊員、取り残された小学校から600名の被災者を暗闇の中救助したヘリのパイロット・・・・「最後の砦」としての彼らの命がけ・献身的な姿が描かれていました。今回の震災では、被災者の多くが自衛官に感謝の言葉を送っていると聞きます。

 一方で、今朝の中日新聞朝刊一面には『減らぬがれき、心に重く』の記事が。全国の自治体には、がれきの放射能汚染を懸念する声が寄せられ、がれきの県外搬出が進まず、3月5日現在処理が済んだがれきは被災三県で僅か6.3%とのことです。改めて、3月議会質問質疑で蜂須賀議員が問題提起した言葉が思い出されます。

 東日本大震災で、日本人の絆を感じたのであれば、物的・金銭的な支援もさることながら、被災地復興の足かせとなっているがれきについて、刈谷市は安全が確認されたがれきに限り受入をして、被災地を支援すべきだと考えます。現地の搬出時はもちろん、搬入後も破砕・焼却・埋め立ての各段階で放射線測定をし、全てのデータを公表すれば、市民の理解も得られると思います。

 「臭い物には蓋をする」「火の中の栗は拾わない」と言うことでは被災地の復興支援には繋がりません。誰しもが私たちと同様、住み慣れた土地で生活したいと考えています。一日でも早く自分の故郷へ戻りたいという思いを皆で叶えてあげたいと思います。東日本の復興なくして日本の繁栄はないと言われます。本当の絆は「嵐去り、後に残るは、優しき心」というべきものではないでしょうか・・・
2012年3月9日(金)
今日は私の所属する文教委員会が開催されました。委員会室は閉め切っているため、小さな声でしか聞こえなかったのですが、正午少し前に次のような放送が市役所内に流れました。

 「3月11日は東日本大震災発生から1年目にあたります。この日政府は追悼式を開催して、午後2時46分に1分間の黙祷を捧げ、犠牲者のご冥福をお祈りすることになっています。市民の皆様も追悼式に合わせて、黙祷を捧げられますようお願いいたします。」また、刈谷市では3月11日午前6時から午後6時まで、半旗を掲揚して弔意を表すとのことです。

 委員会では、所管事項として[特別支援学校の誘致について]、予算審査分科会では[肢体不自由児童生徒介助支援事業について][子ども相談センター整備事業について][公共施設予約案内システム開発事業について][刈谷偉人伝作成事業について]質問しました。

 これまでの社会教育センターを改修して新たに設置する[子ども相談センター]は平成25年度開設。相談室6室、電話相談室2室、3階には中部すこやか教室(従来の適応指導教室)を整備して、教職員経験者や心理分野の有資格者などが相談に当り、1日に約15件の相談があると見込んでいる。対象年齢は3歳~19歳とのことでした。
2012年3月8日(木)
刈谷東中学の『第65回 卒業証書授与式』に出席しました。議員になって13年、昨年までは雁が音中学校に出席していたのですが、今年からは母校である東中に出席することになったのです。式典会場は、中学時代部活(バスケ)で汗を流した思い出の体育館、会場に入ると校訓[プリキュー精神]の文字が飛び込んできました。コンクリートの床は木に張り替えられていましたが、額の文字は37年前のままです。

 校長式辞では、昨年の雁中大橋校長先生と同様、神谷校長も原稿に全く目を通すことなく話をされました。「人としての強さは、当たり前のことが当たり前に出来ること」の行では、教育長の教育行政方針がそれぞれの学校・先生方に徹底されていることを感じさせました。東中も雁中も同じ刈谷市立ですから、式のパターンは基本的には同じですが、それでも数点違いを見つけることが出来ました。

1つ目は、東中では入場して、左側に来賓席が、右側に先生方の席があったことです。雁中の時とは左右正反対です。

2つ目は、担任の先生が卒業生の名前を呼ぶときに、雁中では男子を呼び終えてから女子となっていたのですが、今日は男女交互に、つまり混合名簿で呼んでいたのです。

 そして3つ目は、何と(驚き)来賓挨拶をしたPTA会長が、3名の先生と共に舞台上で空手の演舞をしたことです。「挑戦する気持ち」「逃げない心」「やれば出来る」と言ったことを体を張って教えたかったのだと思います。空手師範の遠藤さん(JCの後輩です)らしい挨拶表現で、卒業生にとってはこれもまた一つ「中学生活の思い出」に残るのではないかと思います。

♪いま、別れのとき 飛び立とう未来信じて
    弾む若い力信じて このひろい このひろい大空に♪~♪


 卒業生の明日が輝かしいものになることをお祈りしています!!
2012年3月7日(水)
今日は名古屋中央卸売市場は休場ということで、ゆっくり6時半まで眠ることが出来ました。

 建設水道委員会が開催される前に、今日は少しだけハローワークを訪問しました。朝9時だと言うのに駐車場は既に満車です。久しぶりに訪れたハローワークは、これまでは1階にあった求人の窓口が2階に移り、求職と求人とがきちんと住み分けがされ、室内の色もカラフルになり、綺麗に改修されていて驚きました。

 何とか10時までには市役所に到着して、建設水道委員会と予算審査建設水道分科会を最後まで傍聴していました。所管事項の中で、岩ケ池公園の区域を約39ヘクタールから約41.4ヘクタールに拡大する案件がありました。約430台ほどの駐車場整備するためで、今後用地買収をして平成29年度を目途に整備を進めて行くものです。

 予定されているこの場所は、現在(株)ハイウエイオアシスが地権者から借り受けて、駐車場として暫定的に使用しているのですが、これを正式に市が土地を購入して、公園の駐車場として整備をすることになるのです。と聞いて、1つ疑問な点が・・・現在、公園来場者のために民間企業が駐車場を確保してくれているのであれば、刈谷市はその企業に駐車場使用料を払わなければいけないのではないかと思うのですが、どーやらその形跡はありません。逆に、民間施設利用者のための駐車場だとすれば、そこを刈谷市が整備することはおかしなことだと思うのですが・・・?  まあ、こんな理屈っぽいこと考えているのは私だけでしょうけどね(*^.^*)。
2012年3月6日(火)
 今日の朝日新聞朝刊に「安城市が18歳までの医療費無料化を断念」との記事が載っていました。これは昨年の市長選挙の際、神谷学市長がマニフェストの1つとして掲げた項目ですが、財源不足により一部負担金制度を導入するとのことです。

 実は私も昨年の市議選で[高校卒業(18歳)までの医療費無料化]を掲げていました。その理由は、お隣の安城市でこのことが実現すれば、「じゃあ、刈谷でもやってよ」という市民の声になるだろう、であれば刈谷市でも・・・という短絡的な理由でマニフェストとして取り上げたのです。正直言って、選挙中も「本当にここまでのことが必要なのかな~?」と自分の中でも迷いながらも政策として訴えていたのです。

 今日の報道を見て、その裏付けとなる財源や少子化対策として効果があるかどうかといったことの検証もなしに、市民うけするような政策(実際には、賢明な市民にとってはバラマキと映って、うけなかったのかもしれませんが)を短絡的にマニフェストに掲げた自分に対して反省しているのです(´・ω・`)  反省!!

 福祉経済委員会が行なわれました。24年度から国民健康保険税は約5.7%、介護保険料は約20%引き上げをする議案が可決しました。「刈谷市は値上げしません」と言えれば良いのですが、医療費の伸びや介護給付費の伸びを試算し、この制度のしくみを考えると残念ながら値上げを認めざるを得ない状況です。国保などはこれだけ値上げしても、まだ財源が不足で、一般会計からの繰り入れが昨年よりも3億円近く増えているのです・・・。国の制度として、地方自治体や議会だけではどうしようもない無力感も感じます( ̄ω ̄;)
2012年3月5日(月)
3月議会も今週からは常任委員会が開催されます。今日は午前中、企画総務委員会を傍聴していました。

 市民から提案された陳情1件は不採択となった後、議案4件は全て可決、その後所管事務調査として当局からの報告が4件、その後各議員による様々な所管事項に対する質問の途中で午前中は終了です。

 所管事項として説明のあった[衣浦定住自立圏共生ビジョン]については、文教委員会に関係する施策も含まれています、特に[特別支援学校整備促進事業]と[公共施設相互利用促進事業]の2つについては、私の所属する文教委員会の中でも質問して行こうと思っています。

 午後からは、取引先のある法人が新年度からのシステムを変更するということで、その説明会に出席しました。出席者はざっと見渡したところ約300名、これだけの企業との取引があったとは、少し驚きです。取引の上で[改革]とか[変化][変更]するということに対しては、不安や恐れがありますが、先日も一般質問の中で、市職員に対して使った「変える勇気と変わる勇気を持つことが必要!!」という言葉を、自分自身に言い聞かせています。人ごとではない、自分のことなのだ、と。
2012年3月4日(日)
小山公民館の平成23年度定期総会に出席しました。出席者は約200名、市民館のホールは満席で、後ろに立ってみえる方や、会場に入りきれず廊下で議事を聞いてみえる方もいます。小山地区は役員さんの数も多いのですが、事業も[交通安全の街頭立ち番][歩け歩け大会][少年ドッジボール大会][防犯講座][盆踊り大会][敬老会][子ども相撲大会][運動会][クラブ発表会]と、盛り沢山の事業が活発に行なわれています。

 夜、観ていたテレビに野田佳彦首相が生出演して、東日本大震災で生じたがれきの広域処理について「受け入れ自治体への支援をこれからやらなければいけない。放射能検査を国が支援する。放射能検査は不安を解消する唯一の方法で、場合によっては国が直接検査する」と述べ、受け入れ自治体への財政支援を積極的に行う方針を語っていました。

 この問題については、先日蜂須賀議員が一般質問の中で指摘した内容が頭から離れません。確かに「絆」とか「頑張れ東北」とか「復興を支援しよう」とか私も言っています。しかしその一方で、「刈谷市で瓦礫を受入れてもらっては困ります」と言うのでは、余りに言っていることとやっていることが違いすぎるのではないか・・・。自分達さえ良ければそれでいいのか・・・。正直、揺れ動いています (′・_・`)
2012年3月3日(土)
知人のお見舞いに、特別養護老人の洲原ほーむを訪問しました。今日はトヨタ車体ボランティアグループ『TABふれあいクラブ』の皆さんが慰問に来られている日で、入所者の皆さんは、手品や和太鼓、尺八やオカリナ演奏の披露を楽しんでおられました。

 平成24年度から介護保険も第5期が始まります(1期は3年ごとで、今回は24年から26年まで)。その計画の中で、こうした施設整備については、特別養護老人ホームを定員60名で1ヶ所設置、介護付有料老人ホームも定員60名で1ヶ所設置、認知症対応のグループホームは定員18名の施設を2ヶ所設置とされています。「特養になかなか入れない!」という声をよく耳にしますから、施設整備が計画されていることは良いことだとは思いますが、車いすに座りひとりボーと外を眺めているお年寄りの姿を見て複雑な気持ちになりました。

特養に向かう途中、切干大根を作るために作業している皆さんを目にしましたので、車を止めて話しかけてみました。私の顔を見るなり「あれっ! あなたは市会議員さんでしょ~。えっーと、なんて言ったかなぁ~?」と言われたので「そうですよ。神谷まさひろって言います」と答えると「あーっ、そうだった。そうだった」と思い出してくださいました。話を伺うと、2日ほどで切干大根は完成するとのこと。「出来上がったら届けてあげるよ」と言われなかったのは残念です(笑)。こちらの皆さんは、生き生きとして、とてもお元気です。
2012年3月2日(金)
文教委員会での質問項目を通告しました。予算と決算については、数字等正確な答弁をする必要があるために、書面で通告することが義務付けられているのです。

特別支援学校の誘致について
肢体不自由児童生徒介助支援事業について
子ども相談センター整備事業について
コンピューター教育事業 パソコン管理運用事業について
公共施設予約案内システム開発事業について
刈谷偉人伝作成事業について

 これらの質問を予定しています。特に、現在の社会教育センターを子ども相談センターに改修する事業は、改修後の施設をどのように使うのか、どうもイメージが沸きません。[子どもセンター]ではなく[子ども相談センター]となっていることから、[相談]に特化した施設だと推察出来るのですが、小中学校の中でも様々な対応がされているわけですから、あのような大きな建物の中に、いくつも相談室を作る必要があるのか・・・素朴な疑問です。「現状を知らない人間が無責任なことを言うな!」とお叱りを受けるかもしれませんが・・・。

 午後から、刈谷市郷友会主催による戦没者追悼式に出席しました。郷友会というのは、HPによると[郷土(ふるさと)を愛し、絆を大切にし、国を想う、そういう友(なかま)の集いである]とのことです。今日は、ご遺族始め100名ほどの出席の下、元刈谷市民館で行われました。会長が式辞の中で、「太平洋戦争」とか「先の大戦」ではなく「大東亜戦争」という表現を使ったこと、あるいは会長が自らの肩書きとして「元陸軍少尉」と語ったことなど、他の追悼式にはない、こういった点が郷友会らしさなのかなと感じました。先の大戦で犠牲となられた英霊に心からの哀悼を捧げます。
2012年3月1日(木)
今日から3月。公共施設連絡バスは、今日から新しく2つの路線が運航開始されました。そして、3月議会質問質疑も3日目、今日は4名の議員が登壇しました。

 毎年3月議会には、婦人会連絡協議会の役員さんが傍聴に来られるのですが、運良く(?)傍聴の時間にハマッタのは清水議員でした。確か清水議員は昨年も、婦人会傍聴に当っているはずですから、2年続けて本当にラッキーです。清水さん何か持ってますね・・・(笑)政策通の清水さんの質問ですから、傍聴に来られた方にも、持ち帰っていただくものが沢山あったのではないかと思っています。

夜、昨日行なった私自身の質問の様子をKATCHで観ました。昨日の日記で書いた点以外は、ほぼ納得の行く質問が出来ていました。それでも「あーっ、あのことを言っておけば良かった」とか「もう少し別の表現をすれば判り易かったかな」といった点が数点あり、自分としては80点といったところです。内容はそれで良いのですが、画面に写る自分の顔にはガッカリです(涙) 顔にハリがなく、全体に垂れたような感じで、目の周りにはしわが目立ちます。年はごまかせないですね(涙×2)
2012年2月29日(水)
閏年で、今日は得をしたような気分の一日です。3月議会質問質疑の2日目、昨日同様6名の議員が登壇し、午前10時から午後5時半までみっちり行なわれました。私も午後2時頃から約45分間、3つの項目について一問一答方式で質問をしました。

 民間企業経験者を副市長として登用した目的が「創造力」「発想力」「柔軟性」に期待するということであれば、それは単に新副市長にだけ望むことではなく、市役所の職員全てに期待したいことでもある。そういった意味では、都市施設管理協会の役割も単に「施設の安全な管理」「高齢者の雇用の創設」「経費節減」だけに限定するのではなく、自由な発想とやる気で、様々な取り組みが自主的に出来るようにしくみを変えて欲しい。そうでないと、指定管理者制度の本来の良さも生かせないし、交通児童遊園の潜在的な魅力も引き出せない、そして都市施設管理協会の活性化にも繋がらない。

 最後の『指定管理者制度と都市施設管理協会について』の項目では、このような論旨で質問(要望)をしました。ただ、そう言いながらも、実は自分の中ではじくじたる思いがあります。「人には偉そうに言ってはみたものの、振り返って自分自身は・・・。あるいは自分の会社は・・・。」

 [偉ぶるは 馬鹿の始まり]日めくりの一言が胸にグサッと突き刺さります( ̄ω ̄;)