東陽町ホンネの日記

2007年7月30日(月)
 午前10時から議員懇談会。この場で、今後4年間の議席が13番ということに決定した。1期目が11番、2期目が12番だから、順調に1番づつ進んでいることになる(笑)。まあっ、今回も議場のほぼ中央だから、良い場所だと言えるだろう(*^_^*)。

 その後、会派で打ち合わせ。8月6日の臨時議会に向けて、話し合うことが山ほどある。

 最近、今回初当選した壁谷議員と、色々な機会でご一緒することが多くなっている。その壁谷さんもこの度ブログを始めたようだ。その中で、[私がこのブログを立ち上げたのも、私の支援者さんから「神谷先生のような市会議員になりなさい」というアドバイスがきっかけなんです。(7月24日)]なんて書いてくれている。いゃー、お世辞であることは判っていても、やはりそう言ってもらえると嬉しいものだ・・・\(^o^)/。その壁谷さん、真面目で誠実、ファイト溢れる青年(42才)ですよ。共に刈谷市のためにガンバロー!
2007年7月29日(日)
 参議院選挙の結果、自民党にとっては予想以上に厳しい結果となった。

 愛知選挙区で応援していた[我らが兄貴 鈴木政二]さんは当選することが出来たが、全国的には自民党大敗、民主党が大躍進で、参議院での第1党となる見通しのようである。2年前の9月11日に行われた郵政選挙では、今回とは全く逆の現象が起きていただけに、その落差には驚くばかり、「一方に振った振り子は、いつか必ず反対方向にも振られる」というのが実感である。我々市会議員の場合には、候補者本人の資質で当落が決まる場合が大半だが、国政の場合は候補者自身の問題よりも、その時に吹いている風向きで、当落が決まってしまうことがあるだけに、候補者としてはどうしようもない部分での厳しさがあるように思う。

 今後、国会運営を始めとして国政がどう動いてゆくか、注意深く見てゆかねばならない。
2007年7月28日(土)
 7月1日に3度目の当選をさせていただいたが、昨日までが2期目の任期であった。そして今日からが市議会議員としての3期目スタートである。今日は昼から『万燈まつり』に参加した。2時間ほど桜区の町内を回った後、夕方からは刈谷市駅を出発して、東陽町での一斉舞いに。

 6年前の大名行列の時に、デンソー出身の犬飼議員から「神谷君、今年から万燈まつりは、従来の7町内以外からの参加も出来るようになったんだけど、うちと桜区と合同で参加しないか」との申し入れがあったことがこの祭りへの参加のきっかけである。早いもので、もう6年も続いている。

 私も当初2年間ほどは太鼓を叩いていたが、ここ数年はついて歩いているだけであった。「ただ歩いているだけじゃあつまらんな。祭りはやはり参加しなければ・・・」との思いから、今日は娘の笛を借りて、少し練習しながら歩いていた。その結果、なんとか音だけは出るようになった。「よしっ! 今から1年間かけて練習して、来年はお囃子の笛を吹きながら参加するぞ」と密かに意気込んでいる。来年が楽しみだ。
2007年7月27日(金)
 夕方6時から築地の総合運動公園で参議院選挙の総決起大会を行った。

 「夕方とはいえまだまだ日差しの厳しいこの時期に、野外での大会とはまたどうして?」と聞かれそうだが、これも参議院選挙が当初の予定より1週間遅くなったことが影響しているのだ。アイリスホールを始めとして屋内の施設は全て予定が入っていて、利用することが出来ず、結果的に総合運動公園での開催となった。

 刈谷市議団で出番のあったのは、岡本・近藤・西口・塚本・渡辺議員。皆さんそれぞれの役割を、その人らしい特徴を出してやられていた。「自分だったらこんなに上手くやれるだろうか?」と思うと、皆さん本当に上手くて、「たいしたものだ」と感心しながら舞台の上から見ていた。 

 暑い中にもかかわらず、熱心に訴えを聞いてくださった支援者の皆様本当にありがとうございました。残り2日間、候補者と共に我々応援する側も全力で取り組んでゆきます。  最後までのご支援よろしくお願いしますm(_ _)m。
2007年7月26日(木)
 夕方から夜まで、グリンピア駐車場で行われた『かりがね発展会 夏祭り』に出かけた。この時期になるとそれぞれの商店街でイベントが行われるが、最も盛大に行われているのがこの夏祭りではないかと思う。

 刈谷の郷土料理[いもかわうどん]のブースにはCBCも取材に来ていた。初めて食べてみたが結構いける味だ! かりがね発展会のメンバーはもちろん、グリンピアの店員、雁が音中学ボランティア、地域安全パトロール隊など大勢の尽力のおかげで大成功であった。

 グリンピアの店員からは「当選おめでとうございます。この前の昼市に街頭演説やりに来るかと思っていたのに、会えなくて残念だったわ」と言われてしまった。「今行われている参議院選挙の期間中、自分自身の活動は極力控えるようにしているんですよ。自分自身も選挙で大勢の人に助けてもらったので、人の選挙の時にはきちんとお返ししなくっちゃあね。とりあえず自分のことは後回しですよ」そう答えておいた。今はともかく29日の必勝を・・・。
2007年7月25日(水)
 参議院選挙戦も残すところあと4日。名古屋の鶴舞にある愛知県勤労会館で行われた『総決起大会』に出席した。聴衆は目算でおよそ1600名、中央からは細田前官房長官が応援弁士として来てくださった。

 自民党全体では極めて厳しい情勢が伝えられる中、この愛知で絶対に落とすわけには行かない。残り4日、気を引き締めて(`・ω・´)。
2007年7月24日(火)
 午前10時から、改選後の新たな会派の結成式([式]とは呼べないか・・)。2人の議員が勇退され、新たに3名の議員が加わったので、我が自民クラブは16名ということになった。議員になって初めて経験する過半数越えである。「過半数以上あるからこそ、むしろ他会派とよく話し合って運営してゆかねば」といった趣旨の発言をした議員がいたが、全くその通りだと思う。謙虚に。

 午後からは、自衛官募集相談員委嘱式。今回、初当選した壁谷議員と共に刈谷市議会議員としては2人だけ、『自衛官募集相談員』を拝命することとなった。今回の新潟中越沖地震などの災害の際に、復興の大きな力となる自衛隊。その自衛隊に対する理解を深め、自衛官を志す若者が増えるように活動することが『自衛官募集相談員』の役割だ。

 夜は引き続き、地元の[萬珍軒]さんで行われた相談員会議・懇親会に出席した。これまでどうしても「自衛隊=戦争」といったマイナスイメージがあったが、こうして自衛官の皆さんと身近に接してみて、私自身の自衛隊に対する理解も今日一日でかなり深まったように思う。
2007年7月23日(月)
 午前中は知り合いの葬儀に参列。午後からは、母方の祖母の十三回忌法要に参列。

 梅雨明けを思わせるような猛暑。特に、わが家寝室のエアコンが壊れてしまったので、昨晩は特に寝苦しかった。エアコンを設置してから17年、業者に言わせると「これだけ長く使えば十分でしょう」とのこと。ふぅむ、買い換えか・・・。
2007年7月22日(日)
 午前7時から桜区健康ウォーキング。毎週日曜日に行っているこのウォーキングも6月で6年が経過し、現在7年目に入っているところだ。一人で4Km歩くことは難しいが、みんなでやればこうして続けることが出来る。

 その後、桜区市民館駐車場での資源回収のお手伝い。この資源回収で集められた[新聞・雑誌・段ボール・アルミ缶・スチール缶・古布]などに対して現在、刈谷市から1Kgにつき5円の奨励報奨金が地区に対して支払われている。インセンティブを高めるために、報奨金を現行の5円から8円に引き上げることを、私は今回のマニフェストの中で約束している。この引き上げは単なる[ばらまき]ではなくて、地区の活動資金が増え、活動が活発になることに繋がって行くので、意義のある引き上げだと思っている。

 この日記で初めて話題にする大相撲の話。岡崎出身の琴光喜の大関昇進が決まったようだ。数年前にあったチャンスを逃がし、やや遠回りしてしまったが、挫けることなくチャンスを掴んだその努力に敬意を表したい。ところで、その琴光喜。以前私の顔を見た方から、「神谷さん、相撲取りの誰かに似ているね。うーん、誰だっけ? 岡崎出身の・・・そうそう、琴光喜だ」と言われたことがある。今回改めて見てみたけれど、全然似てないよな。ふぅむ。
2007年7月21日(土)
小中学校は今日から夏休み。総合運動公園で行われた『中学校選手権大会』を観戦した。ウィングアリーナではバスケットボールを、ウェーブスタジアムではサッカーを、「俺も、中学時代もう少し部活を一生懸命やっとけばよかったな・・・」とちょっぴり後悔しながら、35年前に戻った気分で楽しんだ。

その後、熊市民館で行われている『カラオケの会』にお邪魔した。選挙前にも挨拶に行ったので、今回はそのお礼である。全員の方が、当選を自分のことのように喜んでくださった。8年前にはこの会場にいる方とは誰一人としてご縁がなかった、今ではほとんどの方の顔と名前が一致する。これも、8年間の議員活動の中で生まれた財産だ。感謝!
2007年7月20日(金)
 終日、参議院選挙の電話かけを行った。その電話だが、昨日後援会事務所に滑稽な電話がかかって来た。

 「神谷さんですか」「はい」 「アイシンAWの竹内さんのご紹介で電話をさせて頂いています。この度の参議院選挙には、民主党の△△をよろしくお願いします」「ごめんなさいね。こちら自民党系の市会議員の事務所ですよ。こちらこそ、自民党の○○をお願いしますよ(笑)」「私はボランティアだものですから良く判りません・・・(無言)」

 どんな名簿から電話してるんだろう? そもそもアイシンAWの竹内さんって誰だ? 選挙になるとよく行われるこの手の電話作戦、いったい効果はあるのか? 選挙中に知らない人から突然の電話「議員候補の□□の事務所です。よろしくお願いします」こんなことされて、「判りました」って一票いれる人いるんだろうか(笑)かける方も辛いだろうに・・・。

 私の後援会では、電話はかける人が持ち込んだ名簿(同窓会、お友達、趣味の仲間など)に、「久しぶりー」とかけてもらうことにしている。それ以外では、各種イベント(個人演説会など)の案内をする時だけに限っている。選挙のあり方も行政サービスと同様に、提供者(候補者)の視点ではなく、受け手(有権者)の視点に立って行うことが必要だと思うのだが。なぜか、選挙のスタイルはいつまでたっても変わらない(*`ε´*)
2007年7月19日(木)
 朝一番、刈谷駅北口で参議院選挙の街頭活動を行った。参議院選挙が始まってからずいぶん経過しているように思えるが、よく考えてみるとちょうど一週間前に公示されたところだ。まだ10日間もある(´_`;)。ふぅ、さすがに17日間は長いなあっ。どちらかというと太り気味の候補者だが、今日お会いしてみて、「やはり少し痩せている」。体に気をつけてあと10日間、絶対に3選を果たして欲しい。

 昼食は、榎並市長と二人だけで最後の[カレーランチ]。榎並市政12年の任期も今日で最後なのだ。派手パフォーマンスやPRはなかったけれど、この12年間で多くの懸案事項を解決し、着実に市民福祉は向上したと思う。個人的には、何でも相談することができ、私が議員になってからの8年間大変お世話になってきた。本当にお疲れ様でした。正直、寂しい・・・(´・ω・`)。
2007年7月18日(水)
 参議院選挙の応援で一宮に。「なぜ一宮か」と言うと、今回の参議院選挙では、各地域の市会議員が主催して個人演説会(ミニ集会)を開いている。しかし我々刈谷市議会の場合、「つい先日選挙があったばかりなので、連続して有権者の方に集まっていただくのは難しいだろう」ということで、市会議員単位でのミニ集会は行わないことになった。それならば、「他市で行われている集会のお手伝いを」ということで、議員が手分けしてあちらこちらに伺っているのだ。
2007年7月17日(火)
 新潟中越沖地震の被害状況が報じられている。その中で、断水の世帯が6万件とのことである。今回の選挙戦、私はマニフェストの中で「水道管を耐震性の高いものに変えます」として、耐震性の高いダクタイル管への敷設率を現在の56%から4年後には100%にすると約束をした。今回のような状況を聞くと改めてその必要性を痛感する。だがしかし、このダクタイル管、今回のような[震度6強]にも耐えうるのかどうか・・・そのことをきちんと調査する必要がありそうだ。

 終日、参議院選挙の関係で活動していた。安倍内閣の支持率がますます低下している。我々のような市会議員選挙では、候補者本人の常日頃の活動や人間性などで評価してもらえるので、その人の努力がきちんと票になって現れてくれるが、国政選挙となるとどうしても[風向き]の影響を受けやすい。そういった点、候補者本人としては非常に辛いだろうなと思う。
2007年7月16日(月)
 予想通り、台風一過の晴天。妻は「洗濯物が外で干せる」と大喜び。空気も非常に爽やかな感じがする。

 先日まで私の携帯には[刈谷市メール配信サービス]から頻繁に台風情報が入ってきていたが、今日は何度も[地震情報]の配信がされてきた。「朝10時30分頃、新潟県上中越沖、マグニチュード6.6、震度6強」「午後5時半頃、奈良県、マグニチュード4.7、震度3」 「新潟と奈良」全く繋がりのない離れた場所での発生。映画の[日本沈没]を思い出してしまう。大きな地震の前触れでなければ良いが・・・気持ちが悪い。被害に遭われた方には、心からのお見舞いを申し上げます。
2007年7月15日(日)
 台風4号が愛知県に最も近づいている午前8時半頃、わが家のFAXが鳴った。「本日予定の市民総踊りは2時間遅らせて開催する」とのことである。テレビなどで気象情報を見ると確かに、午後からは台風一過となって天候は回復しそうである。観光協会の「今日どうしてもやりたいという執念」を感じた。

 午前11時半、商工会議所青年部主催による[食と遊びの広場]設営のために商工会議所に。わんさか踊りが行われている時間帯、我々青年部では[宮崎地鶏炭火焼][焼きそば][フランクフルト][たこ焼き][ジュース][生ビール][かき氷]などを販売しているのだ。と言っても、私は(調理の必要がなく)一番簡単な[ジュース]の販売を受け持った。

 そして、盆踊りが始まってからは、桜区婦人会の皆様と合流して盆踊りに参加。ただでさえ台風の影響で時間短縮となっているのに、「テープのトラブル」との理由で、20分ほど遅れてのスタートとなった。その結果、炭坑節は2回だが、その他の曲目はそれぞれ1回踊っただけで終わってしまった。婦人会の皆様にとっては「せっかく何日も練習してきたのに、消化不良!」といった感じかもしれない。その分はぜひ8月4日の『グリーンモール夏祭り』で張り切ってもらうことにしよう。私も含めて・・・(*^_^*)。
2007年7月14日(土)
 7月の台風としては観測史上最強の台風である台風4号が近づいている。そのため今日、豊橋市で予定されていた愛知県消防操法大会は中止になった。沖縄・九州ではかなりの被害が発生しているようだ。

 こんな日は、不測の事態に備えて、何もせずに家の中で過ごしていた。市議選以降、初めて何の予定もない一日となったのて、久しぶりに体を休める事ができた。
2007年7月13日(金)
 市議選の告示以降に届いた[後援会入会ハガキ]の整理がやっと終了した。これで、私の後援会名簿は選挙前に比べて約450名増えたことになる。総数は企業秘密(?)なので、お伝えできないが、この名簿に記載されたひとり一人の方との絆が議員としての一番の財産だ。コロンブスレポートもこれまでより約450部多く郵送することになる。郵便代もばかにならないので「桜区以外でも手配りしようか」ということも考えている。

 ある議員のHPにこんなことが書かれていた、「多くの議員も日が経つにつれ、昔日の輝きを失っていく。どの議会でもそうなのだろうが、当選3回や4回になってしまうと経験値に反比例して光が消えていく。もっとも恐いのは色あせていく自分に気付かないこと。」ふぅむ。自分ではそのことになかなか気がつかないのだろうな。そうならないように、いつも自分自身を客観的にチェックして気をつけていなければ。[即戦力よりも、いつまでも新鮮力]・・・時には大切なのかもしれない。
2007年7月12日(木)
 午前中は、選挙前後に届けられた市民要望を届けに市役所の各課廻り。それぞれの内容によって、[直接担当課に要望する事項][一般質問や委員会で取り上げる事項][会派として予算要望する事項]など、最も効果的なアプローチとなるように、作戦(?)を立てながら対応しているのだ。 

 参議院議員選挙が公示された。午後2時より、安城の大村代議士事務所で行われた出陣式に出席。中央からは応援弁士として、中川昭一自民党政調会長と大田弘子経済財政政策担当大臣が来てくださった。天気予報も[雨]、事務所を出発する直前にも雨が降っていたので、合羽まで準備をして出かけたのだが、幸い雨は降り止み、途中雲の隙間から太陽も覗くような天候となった。逆風に対して、まさに「雨降って地固まる」と行きたいところである。
2007年7月11日(水)
 今日は名古屋中央卸売市場の休場日。ほぼ隔週で水曜日が休場になっていて、今日は丁度その日に当たる。先日の日曜日も『朝起き会』に出かけていたので、選挙以後初めて朝遅くまで寝ていることができた。と言っても、6時には既に起床していたのだが・・・。

 午前中は、市政に対する要望について専門家からレクチャーを受けた。「公証役場について」「学校の教室における照明について」など、改善した方が良いと思われる点を指摘してもらった。その他、今回の選挙前後に市民から寄せられた提案・要望・質問など、実現できるかどうかはともかくとして(もちろん実現できれば最高だが、そんなに甘くはないだろうな)、誠意を持って対応して行こうと思う。

 午後からは東郷町で営まれた葬儀に参列。その後、後援会名簿の整理を行った。出陣式や総決起大会にどんな方が来てくださったか、改めて受け付け票をチェックしてみた。4年前にはまだ縁のなかった方も、今回初めて出席してくれたりしている。

 先日行われたチェリーの『七夕会』の時に、「今日この市民館にいるおよそ40名の方について、私は全ての方の名前と家の場所が判りますよ」と言ったら、公民館長が「そりゃすごい。私などは2割判るかどうかですよ」と驚いてみえたが、私もたぶん8年前だったら2割の方の名前も判らなかったであろう。そう思うと、市会議員をやらせていただくことによって培われたこの繋がりは貴重な財産だなと思う。感謝!
2007年7月10日(火)
 午前10時から会派の打ち合わせを行った。参議院選挙の公示を明後日に控え、選挙応援態勢の打ち合わせである。自民党にとってはかなりの逆風で望む選挙である。安倍内閣が発足したときには、この参議院選の頃にこんな状況になろうとはとても予想できなかった。だが、どんな逆風が吹こうが絶対に兄貴分の鈴木政二議員を落とすわけにはゆかないのだ。

 午後から、市議会議員選挙の収支報告を選管に届けてきた。NTTからの請求書がなかなか来なかったので、ここまで遅れてしまっていたのだが、これで先の市議選については事務的な整理は一応終わったことになる。

 そして、ぼちぼちコロンブスレポートの原稿書きも始めている。参議院選挙が終わるまでは、まだまだ忙しいぞ(`・ω・´)。
2007年7月9日(月)
 刈谷駅北口に新しくオープンした『パークホテル刈谷』のオープンセレモニーに出席した。刈谷駅前に飲食店5店舗を営んでいるオーナーが、20年来のホテル経営の夢を結実させたものだ。ビジネス等で刈谷を訪れた方が、JRで僅か15分の名古屋に宿泊してしまうのでなく、刈谷に泊まっていただくことで、駅周辺の活性化に繋がるのではないかと大いに期待しているところである。

 今回のセレモニーには酒井県議の他に、先輩市議の近藤議員も出席してみえた。改めて感心したことなのだが、近藤先輩の気配りは素晴らしい。この「まめさと、人への配慮、気配り」これが近藤先輩の魅力だな。議員としての活動スタイルにおいては、私と全く正反対の位置にあるが、この人としての魅力は見習わなければいけない点だと思う。

 このHPに、先の選挙戦の様子を写真で振り返るコーナーをUPしました。ぜひご覧になってください。
2007年7月8日(日)
 午前5時より重原市民館で行われている(社)実践倫理宏正会主催の『朝起き会』に出席した。365日、毎朝5時から行われているこの会へは、私の場合、節目の時にしか出席していないが、今日は選挙以後初めて出席をして皆様にお礼の挨拶をさせてもらった。

 その後、7時からは桜区健康ウォーキング。そして11時から小山公民館幹部役員懇談会に出席した。私は後援会事務所を桜町に構え、生まれ育ったのも桜町なので、活動の拠点は桜区だが、現在住んでいるのが、青山町ということで、小山地区の様々な行事にも呼んでいただいている。その小山地区には、これまで5名の議員がいたのだが、今回の選挙で新たに稲場町に住んでいる山内さん(豊田織機出身でトップ当選)も加わることとなったので、実に1つの地区に6名もの議員がいることになる。市内22地区、30名の議員ということなので、単純に計算すれば1地区に1.5人平均ということなのだから、この6名という数はすごいことだ。

 その後、刈谷北校の同窓会総会の関係で訪問活動。隔年ごとに行っている同窓会総会・懇親会を、今年は8月19日(日)午前10時より、産業振興センターで開催しますので、このHPをご覧の方で刈谷北校出身方はぜひご出席ください。同窓生ならだれでも参加OKです。会費は2000円です。
 
2007年7月7日(土)
 今日7月7日は七夕。桜区地域ボランティア『チェリー』主催による「七夕会」に出席した。さながら「会長の中村さんが小学校の先生、会員はその中村先生のクラスにいる児童たち」といった、ほほえましい雰囲気の会である。音楽係・給食係のほか、級長や日直と覚しきメンバーもいる。参加者全員が童心に戻って、この雰囲気を楽しんでいるように思われる。(毎回思うことなのだが)不思議な魅力を持った会だ。

 終了後、支援者宅への挨拶回り。そして、午後4時頃からはエルシティ前とアピタ前で街頭演説。アピタ前では、隣の市の市議会議員が「参考のために」ということで街頭演説の様子を見に来てくれた。話を聞くと、どうやら刈谷北高校の後輩らしい彼女は、今春の統一地方選挙で初当選したらしい。どの会派にも所属せず一人で議会活動をやっているとのことである。「古い体質からのプレッシャーに負けることなく、あなたなりのスタンスで大いに頑張って欲しい」と願っている。

 街頭演説の最中、大勢の方から「おめでとうございます。日頃の積み重ねの成果だね。」と声を掛けていただいた。「これからも変わらぬ姿勢で頑張りますから、よろしくお願いします。」
2007年7月6日(金)
 不思議な感覚だ。選挙が終わってから、あれこれとやることが多くて1日があっと言う間に過ぎるのだが、選挙が行われたのは遙か昔(ちょっとオーバーですが)のような気がする。この前の日曜日が投票日だったとはとても思えない。もう何日も過ぎたような感覚である。確か、4年前も同じ感覚だったような・・・。

 このHPに『写真で振り返る選挙戦』をUPする準備を進めている。そして、コロンブスレポートの準備も同時に行っている。お楽しみに・・・

 選挙前、1日に使う言葉のうち最も多く使った言葉は、たぶん「お願いします」であろう。当選後の今は「ありがとうございました」という言葉だ。言葉に『何らかの働き』があるのならば、この「ありがとう」という言葉は、「心を綺麗にし、気持ちを清々しくしてくれる」ように思う。「ありがとう」という言葉にありがとう。
2007年7月5日(木)
 終日、選挙関係の後片付け。その中でも特に、収支報告書の作成に苦労している。過去2回行っているのだが、4年に一度のことなので、前回のことなどほとんど忘れてしまっている。「お金の出入りをそのまま報告するだけなのだから、簡単なものじゃないか」と言われそうだが、なぜだかよく判らないような不思議なルールもあるのだ。

 たとえば、公費で負担してくれるものの中に『街宣車のレンタカー代』『ガソリン代』『ポスター制作費』などがあるのだが、『街宣車のレンタカー代』や『ガソリン代』はも収支報告書に記載しなくても良いことになってる。確かに、公費負担なので私からの支出はないのだが、「じゃあっ、なぜポスター制作費は載せなければならないんだ?」という疑問も出てくる。

 最近、あちらこちらの選挙においてこの『ポスター制作費』の水増し疑惑が出ているが、そのために収支報告書への記載義務が生じたのかというとそうでもなくて、以前から公費負担分のうち『ポスター制作費』だけは記載しなければいけないのだ。

 参考までに私の場合、この『ポスター制作費』は1枚1050円。公営の上限は1613円だから、約65%ということになっている。このポスターを作るにあたってスタジオで100カット以上の写真を撮影し、ユポ紙という水濡れに強い紙を使っているのだから妥当な金額ではないかと思っている。しかも、私の場合、ポスターとしてのデザイン料は別の業者に31500円の支払いをしている。これなども「ポスター制作のために掛かった経費の一部だからポスター制作費に含めることが出来るのではないか」と思うのだが、「公費での負担はあくまで1つの業者からの請求しかダメ」ということで、私費での負担になった。

 判りにくいルールと格闘しながら、なんとか収支報告書を半分書き上げることができた。

 昼食時、榎並市長と約1時間に渡り懇談をした。榎並市長の任期は19日までなので、こうしてじっくり二人だけで話が出来るのもこれが最後かもしれないと思うと、少し寂しい気がする。12年間本当にお疲れ様でした。
2007年7月4日(水)
 正午から、お世話になっている方の葬儀に参列した。10年前に倒れられ、ずっと家族の皆さんが看病をしてこられたとのこと。その間、奥様が私の選挙をお手伝いしてくださったこともあった。ご主人様の看病をしながも、私の選挙のお手伝いをしたくださっていたのだ。本当に有り難いし、申し訳ない。心からご冥福をお祈りいたします。

 事務所の片付けや、書類の整理、支援者への挨拶回りなど、選挙期間中と変わらないくらい忙しい日々が続いている。多少落ち着くのは、参議院選挙が終わった後かな・・・。
2007年7月3日(火)
 大勢の方から「おめでとう」のメールが届いている。

 選挙戦終盤、陣中見舞いに来てくださった少年野球のお母さんグループからは「他の候補者の事務所は暗かったけれど、神谷さんの事務所は雰囲気が良くてイキイキしていました。後援会の入会ハガキは出さなかったけれどみんな神谷さんに投票しました。」とある。確かに、うちの陣営スタッフはいい人ばかりだから、雰囲気もいいよな。

 ポスターについての感想を寄せてくださった方も「私は公営掲示板のポスターを見て[神谷さんらしい大胆なポスターだなあ]と、度胸とセンスのよさ(?)に感心しきりでした。[支援者向けのとりあえず無難なポスター」ではなく「浮動票を取りに行くポスター]という考えの下、視覚的に奇をてらうだけでなく内容的にもマニフェストをしっかり書いた実のあるポスターだったと思います。」ふぅむ。このポスターについては当初、こちらの写真を大きく使うつもりでいたのだが、結果的にはスタッフの意向に従って大正解だったと思う。

 また、青年会議所時代の大先輩からは「ご苦労さまでした。神様は、昌宏にはまだまだ休息を与えて下さらないのだから、今の仕事をさらに四年間かけて、地域の皆さんに“ご奉仕”しなさいと言うご意思のようだねッ。 おごることなく、たかぶることなく、初心を忘れる事なく、全てに無心、無欲で【あるがまま】の四年間を過ごして下さい。世の中の全てがこんなにも荒廃してしまった中にあって、昌宏の実直な生き方は、それを見ているだけでも、どれだけ多くの人達(市民)が癒され救われている事か。その人達の為にも迷いのない四年間を・・・おめでとう

「昌宏の実直な生き方か・・・」確かに、不器用だよな。ふむ。でもそれが神谷まさひろなのだ。皆さん、本当にありがとうございます(*^_^*)。
2007年7月2日(月)
 午前中事務所の片付けをした後、午後2時から本会議場で行われた『当選証書授与式』に出席。改めて、当選の喜びと責任の重さをかみしめる。終了後は会派の打ち合わせ。今回の選挙では現職議員は全て当選しているので、引退した神谷貞明議員と深谷好洋議員以外、会派控え室での顔ぶれはこれまでと変わらない。今後新人の中で何名の議員が仲間に加わってくれるのか・・・楽しみだ。

 終了後、エルシティ前とアピタ前で恒例の街頭演説を行った。当選した直後だからこそ、いつも通りの活動を再開することが大切だ。但し、公職選挙法において「当選御礼の演説をすることはできない」ことになっているので、その点には十分気をつけて、マニフェストの中身について改めて訴えた。

 演説している前を通行する方々が、笑顔で近づいてきて「上位での当選おめでとうございます」と次々に声を掛けてくださった。「いつも街頭演説をしている青年(?笑)=上位で当選」ということを知っているということは、普段は何気なく前を通り過ぎて行かれているが、記憶の中にはきちんと残っていて、気を掛けてくださっている証だ。今日の皆様からの反応を見て、改めて「恐るべし街頭演説の威力!」と自分でも驚いている。

 確かに選挙期間中も、街頭演説を聞かれた方から「今回の選挙で初めて、候補者の生の主張を聞いたわ。判りやすくてとてもいい話だった、ぜひ頑張ってくださいね」との声を掛けていただくこともあった。その選挙戦、昨日の日記にも書いたが、総決起大会などでは、その演出に候補者である私の方が何度も目頭を熱くさせられる場面があった。

 その一つ、出陣式において・・・。司会者が突然「候補者のお母さんから千羽鶴の贈呈を」と言い出した、「おいおい、何を間違えてるんだ、千羽鶴は選挙期間中に皆さんが折ってくださったものを、総決起大会などで候補者に手渡すものだろう」と思って聞いていたら、更に加えて「4年前に・・・」と言い出している。「4年前の選挙で使ったものをここで出してもしょうがないだろう」とハラハラして聞いていたら、どうやらそうではなく。私の母親がこの4年間、誰にも知られずに、一人でこつこつと、前回獲得した票数である2375羽の鶴を折りあげていたというのだ。「前回より1票でも票が伸びますように」との「希望と願い」を込めて。スタッフから全く聞かされていなかったので、これを母親から送られたときは流石に、体が震えた。母親と舞台上でお互い目に涙を溜ながら暫く見つめ合っていた。

 両親をはじめ大勢の方の温かい気持ちに支えられて3度目の当選をすることの出来た私は、本当に幸せ者だと思う。この恩返しを、日頃の議員活動の中で、きっちりして行かねば・・・と心に誓っている。
2007年7月1日(日)
 一週間の選挙戦が終わり、今日が投開票。選挙戦では常日頃の活動と同じように、街宣車から降りて街頭演説を市内のあちらこちらで行うという選挙戦を繰り広げた。ポスターも、35人候補者の中ではただ一人、写真を小さくしてマニフェスト(抜粋)を全面に打ち出したものにした。従来型の選挙スタイルを考えている人には、「なんでもっと名前を目立つようにしない」「顔を大きく載せなくっちゃぁ」とかなりお叱りを頂いたが、(ポスターというツールでいかに票を獲るかという)戦略的にはこれが大成功。私のことは知らなくても、「ポスターを見て票を入れる気になった」という方がかなりいたようだ。

 29日(金)に行った総決起大会も、来場者約200名。従来の「お願い・頼む・苦しい」というスタイルではなく、大会そのものを一つのドラマとして、来てくださった方に如何に感動を与えるかといったことに気をつかって行った。その結果、約8割の方が目を潤ませて帰って行かれた。

「押しつけ・お願い型の選挙」から「具体的政策による約束型の選挙」に。自分としてはかなり実現出来たのではないかと思っている。

 そして・・・。夜11時頃、開票所であるウィングアリーナに行っているスタッフから「当選は間違いない。2500から2700位はある。他の人とは違って、箱からあふれている」との電話が。やったー!
4年間真面目に議員としての活動を行ってきたことを、有権者はきちんと評価してくださったのだ。そして、他の陣営にはない最強のスタッフのおかげだ。

 結果は、2756票、豊田織機・小垣江に続いて第3位だ。前回より約400票伸びている。皆さん、本当にありがとう! これまで以上に責任が重くなったと思っている。でも・・・慢心することなく、気負うこともなく、これまで通りのスタイルで、全力で取り組んでゆこうと思っている。「我が胸に 志と政策あり」