東陽町ホンネの日記

2007年4月29日(日)
 朝5時から重原市民館で行われた(社)実践倫理宏正会の朝起き会に出席。その後、桜区健康ウォーキングで約4Kmのウォーキング。晴天、空気も乾燥していてとても爽やかな朝だ。 

 午前中にエルシティ前で、夕方からはアピタ前で街頭演説。みなさん行楽に出かけてしまったせいか、お客さんの数が少ない。ふむ。ゴールデンウィーク期間中の街頭演説は効率が悪いな。

 その他の時間は、今日もひたすら支援者宅への訪問活動。1日の中に変化を持たせようと思い、前半は車で移動する地区を訪問、後半は自転車で地元を廻った。

 つくづく自分は方向感覚が悪いなと感じた。今日訪れたお宅、一本道を入ると「あれっ、昨日訪問した家がある」なとどということがあったりする。このような状態なので、車での訪問活動も極めて効率が悪い。
2007年4月28日(土)
 午前10時、エルシティの開店と同時に街頭演説を始める。「任天堂DSの抽選会や子供向けのイベントがあるので朝から賑わうと思うよ」と聞いていたので、期待して来てみたのだが、思ったほどの人出ではなかった。それでも11時頃からはぼちぼちと混み始めてきたので、約2時間マニフェストを中心に訴えた。

 午後1時よりウィングアリーナ刈谷のオープンニング式典に出席した。総合運動公園内に完成した新しい体育館のお披露目のイベントは、今日と明日の二日間に渡って行われる。ちょうど式典の行われている時間に、突風と雨が降り出したが、明日は快晴の天気予報だ。大勢のお客様で賑わうことだろう。

 その後、後援会の支援者訪問を行った。今日は東刈谷や半城土、松栄町など主に南部地域を廻った。刈谷市に47年も住んでいながら、地図で住まいを確認しながら悪戦苦闘の連続だ。ふぅー。

 夕方はアピタ前での街頭演説。こちらもお客さんの入りが今ひとつかな・・・。街頭演説の後は、いつもお騒がせをしているお詫びに、目の前の八百屋さんで買い物をすることにしている。今日の買い物はスイカ。いよいよ大好物のスイカの時期がやってきた。夕食後が楽しみだ(^o^)。
2007年4月27日(金)
 今日は車で支援者訪問を行った。途中あちらこちらで、住宅地図を片手に家を探しながら歩いている人を見かけたので、「あれっ、同業者か(笑)」と思ってよく見ると、どうも少し雰囲気が違うようだ。自宅に帰ってみて判ったことだが、今日は小中学校の家庭訪問の日、住宅地図を片手に歩いていたのは、どうやら学校の先生だったようだ。お互いにお疲れ様m(_ _)m。

 訪問の途中、日曜日に行われた統一地方選挙で当選した議員数名と電話で話をした。過去2回はいづれも2位で当選、今回は得票を前回よりも約500票のばして見事トップ当選した安城の永田さんへも「おめでとう。さすが永田さん、すごいですね」と話をした。開口一番「神谷さんにプレッシャーを掛けちゃいましたね。いい意味で刺激にしてもらってお互い切磋琢磨できたらいいですね。」との激励をもらった。全くその通りだ。彼の頑張りには頭が下がる思いだが、民主党の彼に(笑)負けるわけにはゆかない。「彼を手本として更に頑張るぞ」と一層気合いが入ったところだ。

 夕方5時頃、支援者訪問の途中でエルシティ前を通ったら、結構お客さんがいるではないか。慌てて、立て看板とマイク・スピーカーを取ってきて、約40分間の街頭演説。4月臨時議会とマニフェストについて話をした。通算305回目。
2007年4月26日(木)
 今日も午前10時から葬儀に参列。その他の時間は、後援会入会リーフレットを届けに支援者宅の訪問活動。

 「一日に何軒廻ることが出来たか」をつい気にしてしまうが、本来は訪問件数より密度が大切なのだと思う。
2007年4月25日(水)
 午後1時から葬儀に参列。それ以外は、後援会入会リーフレット配りを行った。途中で、7月の選挙に立候補を予定しているUさんに会ったので、お互いの健闘を誓いエールの交換を。先日行われた他市の選挙結果を見ると、36歳の彼は十分上位で当選する可能性がある。「議員の先輩としては負けてはおれないぞ」と気合が入る。

 夜は、後援会役員会を開催した。皆さん貴重な時間を費やして、こうしてお手伝いしてくださっている。「とにかく当選すること」それが一番初めの恩返しだ。
2007年4月24日(火)
 午前10時から葬儀に参列した後、グリンピア昼市会場にて街頭演説。このグリンピア昼市では毎回1時間行っているのだが、今日は時間の経つのがとても早く感じた。話の内容を、3月議会の報告ではなく、私のマニフェストの説明ということにしたので、政策に対する思いや感情が入り、時間の経つのが短く感じたのかもしれない。「自分の考えを自分の言葉で語る大切さ」を実感。

 昼からは、後援会の会員宅にリーフレットを持っての訪問活動。今日は、地図を積み込んで車で移動。焦る気持ちが事故につながらないよう・・・自分に言い聞かせながら。
2007年4月23日(月)
 昨日行われた統一地方選挙結果を新聞で見る。驚くような結果もあれば、順当な結果もある。4年間議員として一生懸命やった現職はやはり良い結果を出しているように思う。陣中見舞いにお邪魔した議員はもちろん全員当選。

 親戚より「当選おめでとうございます」と連絡が入った。「えっ!僕の選挙は7月ですよ」と言うと、「あー、やっぱりそうですよね。安城で同姓同名[神谷昌宏]さんが上位で当選していたので、親父と[あれっ、確か刈谷市だと思っていたけど、党の都合か何かで選挙区を移動したのかな?]なんて話していたんですよ」と言われた。安城の[神谷昌宏]さん、4位で初当選。ぜひあやかりたいものである。

 午後2時半から4時まで行われた『(仮称)桜小路連絡会』へ出席した以外は、今日も終日リーフレットと地図帳を持って挨拶回り。
2007年4月22日(日)
 今にも雨が降り出しそうな微妙な天気の中、資源回収のお手伝いを行った。本来は毎月最終日曜日に実施しているのだが、来週はゴールデンウィークに入ってしまうため、1週間早めて今日実施ということになった。そのせいなのか、あるいは天候のせいなのか、集まってくる量がとても少なかった。

 その後、着替えてエルシティ前で街頭演説。30分ほどで切り上げ市民会館へ。アイリスホールで行われている『新飛翔連盟の芸能祭』で挨拶をさせて貰った。「駅南口に新しい市民ホールが完成したら、今日のように挨拶ではなく、[浪花恋時雨]か[男はつらいよ]で舞台を踏みますので、観客の皆さんもぜひ一緒に参加してください。それまで、2年間みっちり練習しましょう」そのような挨拶をした。

 その後、リーフレットを持って挨拶回り。雨に打たれながら歩いていると、8年前を思い出す。あの頃は、雨に濡れながら一軒一軒訪問すると、「何者だ」というような目で見られた。今では「市会議員の神谷ですが」と言っただけで、十分判ってくださり、時にはもの凄く温かい励ましの言葉を頂くこともある。

 こうしてひたすら歩くのは肉体的に決して楽ではない。しかし8年前と比較すると「今はなんてありがたいんだ」とプラスに捉えることができる。靴底をすり減らし(実際、かなりすり減るのが判る)、今はひたすら歩き続けるのみだ。
2007年4月21日(土)
 朝一番、机の上に積まれている後援会入会リーフレットの山を見ると若干焦りを感じる。

 エルシティの開店と同時に街頭演説、その後アピタ前に。普段コロンブスレポートを郵送している方が大勢通って行かれたので、その都度話しかけながらリーフレットを渡していった。反応がとても良い。

 昼からは、リーフレットを手渡しに挨拶回りを行った。「いつも神谷さんにはお世話になっていて、ご恩返しが出来るのはこんな時くらいしかないですものね。知り合いにしっかり声を掛けさせて貰いますよ」涙が出るくらい嬉しい言葉を言ってくださる方もみえる。

 午後3時から、エルシティ前とアピタ前で再び街頭演説。今にも雨が降り出しそうな空模様だったが、なんとか持ちこたえてくれ、午前中同様、非常に充実した街頭演説となった。

 [動けば思いがついてくる]この言葉通り、嬉しい励ましと一日をしっかり動いた充実感で焦りはすっかりなくなっていた。
2007年4月20日(金)
 待望の、後援会入会リーフレットが刷り上がってきた。「今更、神谷まさひろの写真とスローガンだけ並んだ、名刺代わりみたいなリーフレット配っても意味がないだろう」「どうせならマニフェストをきちんと書き込むべきだ」と言うスタッフのアドバイスに従って作製してみた。

 出来上がってきたリーフレットを見て、「あー、やっぱりアドバイスに従っておいて良かったな」と思う。リーフレットに主張があるのだ。(自画自賛かな?)

 今年の市長選挙からA4のマニフェスト配付が可能になった。しかし我々市会議員選挙での配付は認められていない。更に、市会議員にとってマニフェストで政策の実現を約束するということは非常に難しいことである。それは、市長と違って我々市議会議員は執行権を持たないからである。いくら一人で優れた政策を出しても、実現できなければ、マニフェストの考えにそぐわなくなってしまうことになる。

 しかし、ローカルマニフェスト推進地方議員連盟(講師 元三重県知事 北川正恭氏)で学んだメンバーの一人として、「これまでのお願い型の選挙から、具体的な政策を示す有権者との約束型選挙に1歩でも近づきたい」との思いで、後援会入会リーフレットの中に、「たとえば」という意味合いで、具体的な施策の一部を提示することにした。今後はこれらの実現に向け努力すると共に、多くの皆さんにその政策を訴えて行こう。

 夜は、総合運動公園内に新しくできた体育館『ウィングアリーナ刈谷』で行われた、市長杯総合体育大会の開会式に出席した。明日から試合が行われる中学生バスケットなんかを観戦に行きたいところだが、今年は忙しくて無理だろうな。ふむ。来年までお預けだ!
2007年4月19日(木)
 スタッフと選挙の打ち合わせ、高浜市議会議員選挙の陣中見舞い、後援会会員宅への挨拶回りなどを行った。それぞれの場所で様々な出会いがある。この[出会い]とは、単に人との出会いだけを意味しているのではない。「出会いを通して自分に出会う」つまり、様々な出来事に心が揺さぶられる自分自身の内面との出会いでもあるのだ。

 始めて訪問したお宅で温かい励ましの言葉を頂くと本当に嬉しくなる。それだけで「今日一日は充実していたなぁ(*^_^*)」という気分になる。以前聞いた言葉に「動けば思いが付いてくる」というものがあった。何もしないでただじっとしているだけでなく、具体的に行動してみると、良いことも悪いことも様々な感情が沸いてくる。具体的に動いてみたことで心が揺さぶられるという意味に捉えているが、全くその通りだと思う。

 選挙まであと2ヶ月。今後もどんな出会いがあるか・・・楽しみである。
2007年4月18日(水)
 「春に三日の晴れ間なし」の言葉通り、午後から雨が降り出してきた。

 今日も後援会入会リーフレット配付のための準備。これで準備はほぼ終わった。印刷されてくるのが金曜日夕方の予定。準備完了、あとはひたすら歩くのみ。
2007年4月17日(火)
 今日も朝から、後援会入会リーフレット配付のための準備を行った。そしてその間に、グリンピア昼市会場での街頭演説。看板をずっと手で押さえていなければならないほどの強風で、非常にやりづらい。訴えの中心は今日も子育て支援のこと。今回は3月議会の報告だけでなく、子育て支援策を更に充実させるための自分なりの政策提言も行った。

 「医療費無料化の対象年齢を引き上げることも大切ですが、医療費が発生しないような施策、つまり病気に罹らないような予防的な施策として、たとえばインフルエンザ予防接種に対する助成制度を創ること」「無料での妊産婦検診をこれまでの2回から平成19年度より7回に増やしましたが、厚労省の示している14回まで無料に」など。昼の特売時間帯だけあって、若いお母さん達のお客さんも多い。場所に合わせた話をするように心掛けているのだ。

 夜、「長崎市長狙撃される」というニュースが流れた。長崎市では以前、本島市長も狙撃されたことがあるはずだ。市長選挙の真っ最中とのことである。どういった背景があるのか、まだ良く判らないが、言論を暴力で封じることは断じて許せない!
2007年4月16日(月)
 [インターネット市議会]を更新したのでご覧ください。

 今日は「終日雨降り」の天気予報だったので、「事務所に籠もって、後援会入会リーフレットを配る準備をすることにしよう」と決めておいたので、予定通りの1日を過ごすことが出来た。貴重な一日なので、こうして天気予報を参考に無駄のない予定を立てることも大切だ。

 夜は商工会議所青年部の総会・例会に出席した。いよいよ下谷船長率いる19年度商工会議所青年部丸の船出である。その最初の例会は、下谷さんらしくサッカー関係の例会であった。FC刈谷の服部GM・安原監督による講演の後、選手の皆さんとの懇親会。皆さんプロ選手ではないので、生計を立てるための仕事とサッカーとの二足のわらじだ。(余り知らなかったのだが)現在6連敗中とのことである。日頃の汗がいつか必ず報われるときがくるよ。うん。頑張れーー\(^o^)/ファイト。
2007年4月15日(日)
 午前7時より桜区健康ウォーキング。朝食を済ませた後、エルシティの開店と同時に街頭演説。「朝一番のお客さんの入りはどんな感じだろう」という思いもあって、この時間からの街頭を始めてみたのだが、残念なことに余りお客さんがいない。それでも1時間ほど行っていると、次第に人出が多くなってきた。終了後、アピタ前に移動して街頭演説。

 午後からは、今日告示になった安城市議会議員選挙の陣中見舞いに2箇所お邪魔した。2人とも日頃から街頭演説で政策を訴えている[碧海辻立ち議連]の仲間だ。2人の候補者の後援会リーフレットを貰ってきたのだが、2人ともちゃんとリーフレットにマニフェストを書き込んである。ふむ。単なるスローガンではなく、具体的な政策を掲げて選挙を戦う姿勢には好感が持てる。2人とは政党は違うが、政治のスタイルや志は同じだからこそ同士としていつまでも付き合って行けるのだ。どちらも上位当選をするものと信じている。

 刈谷に帰った後、そのまま再びエルシティ前とアピタ前で街頭演説。昨日とうって変わって風も全くなく、気温も適温、絶好の街頭演説日和だ(*^_^*)。かなり大勢の方に激励の声を掛けて貰った。手応えを感じる。感謝!

 「街頭に立って自分の考えを訴えること」=「政治の原点は辻説法にあり」 今日で297回目の街頭演説。
2007年4月14日(土)
 午前10時半より、エルシティ前で街頭演説。ところが強風のため上手くできない。マイクは風の音を拾ってしまうし、看板は倒れそうだし、スピーカーからの音は流れてしまって聞きづらいし・・・ということで、短時間で撤収し、アビタ前に移動することにした。

 アピタ前の方が、目の前に建物があるせいか風が少ない。エルシティ前で出来なかったことの挽回をするため、ここでは少し長めに行った。

 夕方からは、期待したとおり多少風が止んだので、エルシティ前とアピタ前で再度街頭演説。スーパーニワの加藤さんが「熱が入ってきたね」と声を掛けてくださった。「今日のような強い逆風に立ち向かう心境です」
2007年4月13日(金)
 今日一日を振り返ってみて、特に何か大きな予定が入っていたわけではないが、あれこれといった雑務で忙しく一日が過ぎていった気がする。

 後援会入会案内(リーフレット)の原案もほぼ完成。ポスターも、写真撮りした4つのポーズについて、どれが一番いいかをあらゆる機会にアンケートした結果、圧倒的多数で「ガッツポーズをした力強いもの」という結論になった。

 採用されたポーズについては、6月24日の告示日にお見せするとして、この日記ではボツになったポーズの中から1カット掲載しておくことにする。鈴木政二参議院議員のポスターを真似てみたのだが、「国会議員なら良いが、神谷さんではちょっと気取りすぎ!」との評価であった。改めてこの場で見てみると、「確かにその通りだ」 市会議員の活動は常に現地現場主義。もっと汗まみれになって、靴底をすり減らす泥臭いもののはずだ。この写真では、情熱ややる気といったものが全く伝わってこない。ふむ。やはり皆さんの見方は適切だな。
2007年4月12日(木)
 午前10時から臨時議会が行われ、今年の7月に行われる市長選挙において、マニフェスト等のビラを選挙期間中に配付することが可能になったため、そのことに関連する条例改正などについて話し合いをした。我々議員の場合、執行権を持たないので、市長候補のように具体的な施策について達成期限と財源を示して有権者に約束する(マニフェスト)ことは難しいのだが、「これまでのお願い型の選挙から、具体的な政策を示す有権者との約束型選挙にする」ためにも、本当は「議員もマニフェスト配付OK」として欲しかったところであるが、これは国の決定なのでしかたがないところだ。その代わりに、私としては後援会入会リーフレットに記載をして、後援会活動の中で示してゆきたいと思っている。

 先輩のK議員が「神谷君、君の事務所に貼ってある写真と同じ写真が、セントラルファイナンスのチラシに使われていたぞ」と言ってそのチラシを持ってきてくれた。ふむ、確かに同じだ。以前、大前研一氏がやっている『一新塾』のパンフに似たような写真が使われていたが、こちらはまったく同じ物だ。ただ、この写真も、次の選挙の時には新たなメッセージを発信する写真に交換する予定である。どんなメッセージとなるか・・・乞うご期待!

 夜は、自民クラブの臨時総会。出るのはほとんどが7月の選挙の話ばかりだ。「もう既に後援会入会案内(リーフレット)を4千枚配った」という強者もいる。この4年間の活動を振り返れば「誰よりも一生懸命やってきている」という自負があるので、そういった話を聞いても焦りを感じなかった。これから選挙まで、どんな出会いがあるか、辛いこともあると思うが、何となく楽しみでもある。
2007年4月11日(水)
 午前10時から建設水道委員会の打ち合わせ。その後、市民要望を届けに市役所内の各課を廻った。

 午後からは、ポスター・後援会入会リーフレット作製のためスタッフとの打ち合わせ。その後、昨日に引き続きコロンブスレポート配りを行った。訪問先での温かい励ましが本当に嬉しい。

 夜は、商工会議所青年部の委員会に出席した。7月15日に行われる『総おどり・盆踊り』の時に、商工会議所前で、飲食物の販売とサッカーチーム[かりやFC]選手との交流会を行うのが我が委員会の役割である。「そのための集客をどうするか」が今日の主な議題であった。

 「宮崎県の東国原知事を呼ぼう」という意見もでた。刈谷と宮崎県、特に接点があるわけではないが、「やってみなければ判らん。当たって砕けろだ!」ということで本当にアプローチするような方向で現在話が進んでいる。
2007年4月10日(火)
  今日も朝からコロンブスレポート配りを行った。そしてその間に、グリンピア昼市での街頭演説。街頭演説をしていると親友のHさんから携帯が入った。養護学校送迎バスの停留所のことについての相談であったので、さっそく現場に行って様子を見ることにした。ふぅむ。話を聞く限りではなんとかなりそうだ。いやっ、なんとかならなきゃおかしいだろう。余りにも杓子定規、お役所仕事だ。そして再びコロンブス配り。とにかく今は「忙しい」などと言っていられない、これから3ヶ月間悔いの残らないように全力で駆け抜けるのだ。

 夜は、青年会議所入会オリエンテーションの講師(?)を務めた。「力があるから重荷が背負えるのではなく 重荷を背負うから力が出るのだ」対象者に伝えたメッセージ。自分自身に言い聞かせるように・・・。
2007年4月9日(月)
 コロンブスレポートを配り始めている。普段ならポスティングで済ませているお宅も、今回は後援会総会の案内があるので、できる限りお宅を訪問して手渡しするようにしている。

 あるお宅で・・・玄関を開けると奥様が出ていらした。「市会議員の神谷まさひろです」と告げると、玄関先で正座され「あー、このレポートいつも楽しみにしているんですよ。過去のは全部バインダーにとじてあります。それから、いつもヨーカドーでやっている街頭演説。遠くで聞いているんです。一回声を掛けようかと思っていたのですがなかなか出来なくて。応援していますから頑張ってください」

 ふぅむ。最高に嬉しかった。こういった出会いの後は足取りも軽くなってくる。帰り道、玄関先が花々で綺麗に飾られているお宅が目に入った。相生町にある牧野さん宅だ。お許しを頂いて写真に納めることにした。道に咲く花々の美しさを感じられるような心のゆとりを持って、明日からも配り続けてゆきたい。
2007年4月8日(日)
 今日は朝一番からマニフェスト作り。後援会入会リーフレットで書いた[公約]を実現するための具体的施策を、出来れば数値目標を入れて書き込んでゆく作業だ。市長と違って執行権を持たない我々のような地方自治体の議員にとって、マニフェストで政策の実現をお約束するということは非常に難しいことである。

 しかし、ローカルマニフェスト推進地方議員連盟(講師 元三重県知事 北川正恭氏)で学んだメンバーの一人として、「これまでのお願い型の選挙から、具体的な政策を示す有権者との約束型選挙に1歩でも近づきたい」との思いで、後援会入会リーフレットに書いてある内容について、「たとえば」という意味合いで、具体的な施策の一部を示すことにしたのだ。たぶんコロンブスレポートのVol.34か号外での掲載となるだろう。

 おっと、その前にコロンブスレポートVol.33の発送作業がまだ残っている。今日も家族が手伝ってくれている。その間に私は、刈谷駅前で立正佼成会の皆様によって行われている『花祭り』にお邪魔した。4月8日はお釈迦様の誕生日、キリスト教でいうとクリスマスに当たる日だ。

 その後、アピタ前とエルシティ前で街頭演説。実は午前中にもエルシティ前で街頭を行ったのだが、天気が良いので皆さん行楽やお花見に行ってしまったとみえて、お客さんの入りが少なかった。しかし、4時前後のこの時間は流石にお客さんが増えてきた。お客さんが多い方がやはり張り合いがある! 2箇所で約2時間みっちり行った。
2007年4月7日(土)
 終日、後援会副会長の笠原さんと家族総出で、コロンブスレポートの折・封筒詰め作業を行った。8年前の市議選初挑戦の時にはまだ小さかった子供達も、今ではちゃんとお手伝いをしてくれるので本当に助かっている。

 「3時頃から街頭演説をやろう」と予定していたところ、直前に雨が降り出し中止に。非常に残念だ。

 午後5時から、桜区自治会・公民館の定期総会に来賓として出席した。「今年の重点施策は、防災対策・防犯対策・環境対策・子育て支援策・道路の渋滞緩和策の5つです。このうち、道路の渋滞緩和策以外は、行政だけで出来るものではありません。地域の皆様方(市民)の協力があって初めて出来るものです。」そのような内容の挨拶をさせてもらった。
2007年4月6日(金)
 朝日新聞朝刊『愛・知・人』のコーナーに、植月かおるさんが載っていた。彼女と出会ったのは2001年頃、「重度重複障害者のための通所授産施設を作るのだ」と言って仲間と共に運動していた。意志の強いがんばりやさんというイメージだった。

 彼女たちの地道な活動が実を結び、昨年新田町に立派な施設『光ワークス 風鈴』を建設することができた。その姿は障害児を持つお母さんたちの励みになっているはずだ。本当なら、今年養護学校を卒業した娘さんが通うはずだったのだが、この4月、実家にいる両親の介護のため静岡県の御前崎に引っ越してしまったのだ。

 1月にお会いしたとき、「向こうでまた障害者施設の建設に携わるかもよ。魚が美味しいところだから神谷さん、また魚を食べに遊びに来てね」と魚屋である私に元気に言ってくれた(笑)。

 「海からの風は強いですが、気持は優しく柔らかです。恵美も明日入所式です。いいスタートができるよう祈っていて下さい。」(朝日新聞より)元気そうでなによりだ。

 こうした素敵な人との出会い・・・これが、市議会議員をしていることの魅力である(*^_^*)。
   (写真 植月さんと、九州の医学部に行っている長女の麻衣さん)
2007年4月5日(木)
 中日新聞朝刊に「三重県にあるなばなの里で、チューリップが見ごろを迎えている」との報道があった。

 昨年の9月議会で「刈谷駅北口広場整備事業(アーバンフェイス事業)では、機能性だけを重視したアスファルトだけによる無機質な整備をするのではなく、なばなの里が刈谷駅前に来たという位、たくさんの四季折々の花を植えて、刈谷の玄関口として自慢できるゾーンにして欲しい」と要望していた私としては、なばなの里の報道は常に刈谷駅前に置き換えてイメージしている。

 [なばなの里]は少々オーバーなたとえであるとしても、なんとか四季の花々で目を楽しませてくれる玄関口にしたいものである。
2007年4月4日(水)
 ここ数日、ポスターや後援会案内リーフレットの準備と共に、お手伝いしていただける方へのお願いを始めている。

 あと3ヶ月。過去2回の経験から想像すると、選挙まで色々な思いをするのだろうな・・・。

 「人情の機微に触れ嬉しくなったり」「うわさ話や中傷で落ち込んだり」「期待していた人の応援が得られず弱気になったり」「思いがけない人からの励ましで舞い上がったり」・・・などなど、一日のうちで何度も喜怒哀楽を経験することになると思う。その都度心は大きく揺さぶられるわけだが、こうした心の揺れ動きが、心のひだを作り、人の痛みや苦しみが判る人間として、自分自身の器を更に大きなものにしてくれるのだと確信している。そう思うと、「この3ヶ月間は自分自身を一回り大きな器にするチャンスだ」とも言える。つらく苦しい場面もあると思うが、結構ワクワクもしている。

 但し、このように選挙戦を戦うことは候補者本人にとっては必ずプラスになると思うのだが、お手伝いしていただく方は貴重な時間を使って応援してくれるのだから、それらの方への恩返しは絶対に忘れてはいけない。そして[恩返し]の第一歩は、ともかく絶対に当選することだ。

 今回は決して楽ではないが、お手伝いいただく方の恩に報いるためにも必死で頑張る覚悟である。
2007年4月3日(火)
 昨日のこの日記を見られた方からメールが届いた。

 黄砂の影響はあります。僕だけかもしれませんが、月曜日の午後から急に声が出なくなりました。今でも声が出なくて日常の会話には困っています。僕だけかもしれませんが・・・。

 確かにそうだよな、前が見えなくなるくらい大量に飛散している砂の粒を吸い込んでいるわけだから・・・。

 と思いながらも、今日も街頭演説で外の空気をしっかり吸い込んだ。(マスクをして街頭演説をやるわけには行かないのでしょうがないが)昼は1時間グリンピアの特売時間帯に、そして夕方5時半からはアピタの前で。アピタ前は通常土曜・日曜にしかやっていないのだが、「もしかしたら、アピタ恒例火曜特売の方が人出が多いかもしれない」と思い試しにやってみた。

 歓送迎会の会場に向かう市役所職員の団体で歩行者(人出)が多かったかな・・・(*^_^*)。
2007年4月2日(月)
 自家用車を修理に出したため歩いて[市役所←→後援会事務所]を往復。途中、刈谷市内が黄色く霞んでいることに気付く。どうやら黄砂の影響らしい。「息をして吸い込んでも大丈夫なのだろうか?」と少し不安になる。

 市役所のロビーは大変な混雑ぶりだ。今日から新年度入りということで、大勢の市民が手続きに訪れている。そして、人事異動で慣れない部署に変わった職員や、今日から仕事始めの新人、勝手がわからずまごまごしている感じだ。

 新人であろうがベテランであろうが、市民にとっては全て市の職員という認識だ。慣れないから、新人だからという甘えは許されないぞ!
2007年4月1日(日)
 桜区の老人クラブ『桜区桜会』の定期総会に来賓として出席した。参加者数およそ60名。それらの方の顔と名前と家の所在地がほぼ100%判るようになった。初めて選挙に出る今から8年前だったら、およそ1割程度しか顔と名前が一致しなかったであろう。そう思うと、市議会議員を務めさせてもらったおかげで、今後の人生において宝となるような大勢の方との出会いを頂いた。本当にありがたい事だと思う。

 午後からは街頭演説。先ずエルシティ前に行って始めたのだが、日曜日とは思えないほどお客さんの数が少ない。「桜の最も良い日曜日なので、皆さん花見に出かけてしまったのか・・・。」そう思いながらマイクを握っていると、ポツポツ雨が降り出してきた。この程度の雨なら、体の濡れることはあまり気にならないのだが、「アンプ・スピーカーが濡れて故障でもしたらえらいことだ」と考え、一時車の中に退散。

 暫くすると雨が止んだので、アピタ前に移動して街頭演説。約40分ほどやった後、再びエルシティ前に戻って先ほどの続きを行った。

 家に帰り鏡を覗くと顔が真っ赤になっていた。この程度の時間ですっかり日焼けしているのだ。[勝負の夏]が近いことを感じる。