東陽町ホンネの日記

2007年1月30日(火)
 午前中は自民党刈谷支部議員団で会議。知事選・市長選・議員定数削減のことなど重要な議題ばかり。それぞれの議案について、様々な立場から活発な議論があったので、私も自らの考えを述べさせてもらった。感触としては、私の意見は少数派のように思う。しかし、内部では侃々諤々活発な意見を戦わせて、その結果最終的に決定したことには従う。そうでなければ、その組織から離れて自らの意見を貫き通す。組織における処し方としてはその2つに1つだと思っている。従って、内部の議論の間は自らの意見をしっかり言って行こうと思う。

 家に帰ると小5の娘が、誰かに電話を掛けたかと思うと開口一番「ねぇっ、○○ちゃん。私ってそっちに行ってない?」とおかしな事を尋ね始めた。「私、そっちに行ってない?」だって・・・、「おまえここにいるのになんという日本語だ」と思っていたら、どうやらゲームの世界でのことらしい。ゲームの中に仮想社会があって、登場人物(本人)がお互いのゲームの中を行き来しているらしいのだ。

 夕食時、「今日私、○○ちゃんの家で遊んできた」と話している。ふぅむ。仮想なのか現実なのか判らなくなってきた。バーチャルの戦い・買い物・スポーツ・コミュニティー・友達・家族・・・あらゆることがゲームの上で出来てしまう。子供達にとって、これはちょっとまずいぞ!
2007年1月29日(月)
 今朝はいつもより30分早い午前3時に起床し、名古屋中央卸売市場へ魚の仕入れ。なぜ30分早いのかと言うと、後援会企画事業『京都への初詣』の当日だからである。名古屋からちゃっとこいて帰ってきて、背広に着替え午前7時10分に後援会事務所に到着。

 午前8時、バス3台でデンソー前と寺横駐車場を出発。昨年の大雨とうって変わって今年は、快晴・風なし・ポカポカ陽気で絶好の行楽日和となった。 今年の行き先は、平安神宮・二条城・伏見稲荷・そして昼食会場は二条城前の国際ホテルだ。

 学生時代、青春の一時期を過ごした思い出深いまち・京都。鴨川の流れを見ながら口ずさんだ当時流行っていた[かぐや姫]の曲[遙かなる想い]。「誰もが一度川の流れを変えてみたいと、若く燃えたあの日の歌がどこかで聞こえてくる♪♪」青雲の志を抱いて、この夏再び市議会議員選挙に立候補させていただきます。皆様の変わらぬご支援、よろしくお願い申し上げます。

 昼食前のセレモニーにおいて、[遙かなる想い]を一小節歌いながらこのような挨拶をさせていただいた。皆様からの励ましの声が温かく思わず目頭が熱くなった。期待を裏切ることなく、皆様と共に刈谷のまちを良くしてゆきたい。いつまでも青年の頃の純真さと情熱を持ち続けて・・・。
2007年1月28日(日)
 午前7時から恒例の桜区ウォーキング。その後、資源回収のお手伝い。さほど寒くもなく、青年部のメンバーと気合いを入れながらとても気持ち良く行うことができた。正にこの事業は[1石4丁(そんな言葉はないか)]であることを再認識!

1.資源を回収するので環境に良い
2.報奨金が地域活動の財源となる
3.地域の方とコミュニケーションを図ることが出来る
4.適度に体を使うので健康に良い

 午後からは、知人の葬儀に参列。故人は明治45年生まれの享年96歳。ご冥福をお祈りします。
2007年1月27日(土)
 午後から、刈谷駅北口前にある風俗店に対して[誓約書]を提出してもらうための活動を行った。[まちづくり会]と書かれたジャンバーを着たメンバー10名ほどが桜小路の中を歩き廻っているのだから、否が応でも目に付く。

 誓約書の中には、
1.店頭における立ち番、及び通行人に対する勧誘
  の声かけは一切いたしません
2.深夜におけるカラオケ等騒音を発生させません
3.深夜に店外で大声を出しません
と書いてある。目的は、歓楽街の中に住居を構えている方との共存であり、健全な歓楽街にすることだ。

 店を廻っている途中、素敵なものを見つけた。これまでゴミ置き場になっていたところを廃止したのだが、不法投棄が頻繁に起きるので、その場所に住民の方が手作りのプランターを置いてあるのだ。なるほど、こうすれば不法投棄もやりづらくなるはずだ。流石Yさん。アイデアと行動力が凄い!
 
 夜は、知事選の選挙カーに乗って市内中心部を街宣活動。これまでは自民党の街宣カーだったが、今日は選挙期間中初めての、候補者自身の街宣カーだ。
2007年1月26日(金)
 午前中は葬儀に参列。享年68歳、ご冥福をお祈りいたします。

 



 


 午後から、野田町に新設されたJRの新駅見学に参加した。建物のデザインの関係で、北口側より南口側から見た駅舎はかなり大きく感じる。(写真は南口)3月16日(金)に渡り初め式典を行った後、18日(日)のダイヤから新駅開業となる。当初乗降客の見通しは1日約3000人、逢妻駅が約4000人だから、この地域の開発が進めば更に増えるのではないかと予想される。

 その後、『北刈谷第二区画整理事業完了に伴う[町及び字の区域の設定及び変更]』に関する、住民説明会の報告を市当局から受けた。結論としては、「変更案について特段の反対意見もなく、理解が得られたと判断している」ということであろう。次の3月議会において議案として上程されるらしい。

 町名変更と自治会の関係については、基本的には「行政区と自治会は一致させる」ということである。それでも暫くの間は、自治会内の各種団体について、それぞれの地区判断で柔軟に対応しなければならないだろうと思う。
2007年1月25日(木)
 中日新聞朝刊に『学齢障害児のデイサービス』『制度変更が事業運営圧迫』の見出しで、障害者自立支援法関連の記事が載っていた。昨年10月からの完全施行以後、私の所にも色々な声が寄せられている。それらの声を市役所に届けに行くといつも感じることがある。「サービスを提供するのも受けるのも共に人間なのだ。規則でガチガチの制度でなくて、もう少し柔軟な対応をしても良いのではないだろうか」と。

 29日(月)に行う後援会初詣でのスタッフ打ち合わせを行った。参加者にどれだけ喜んで頂ける設営が出来るかが大切なのだ。そして、お天気にも味方して欲しいと祈っている・・・m(_ _)m。
2007年1月24日(水)
 今日は名古屋中央卸売市場が休みの水曜日。月に2度ほど水曜日が休場となる週があるのだ。いつもよりゆっくり起床(と、いっても6時頃だが)し、会社で溜まっていた事務処理をこなす。その後、刈谷豊田総合病院での人間ドック(健康診断)へ。

 夜、みのもんたのテレビ番組で、財政破綻した夕張市の実例を切り口として、全国の自治体・議員の無駄遣いを特集していた。「これはひどい!」と思わず叫びたくようになるものばかりである。政務調査費(刈谷市の場合、年間22万5千円。もちろん領収書添付の義務有)の使い方についても、「あんなに高額、必要なのだろうか?」「領収書の必要がないのなら、第2の議員報酬と言われても仕方がないな」と思って見ていた。市民に正々堂々と公開すべきである。もちろん、自分自身は胸を張って公開できる!
2007年1月23日(火)
 『神田知事の奥様を囲む会』に、地元のご婦人と共に出席した。奥様を始め、弁士の井脇ノブ子衆議院議員鈴木政二官房副長官夫人、皆さんとても話がうまい。時間も30分ほどと適度な長さで、男性陣が行うこういった類の企画に比べて遙かに「聴衆の立場に立った企画」といっても良いだろう。女性ならではのこの感覚は大事にして、今後の参考にしなければならない。
2007年1月22日(月)
  議員研修の一環として行われた『普通救命講習』を受講してきた。5年ほど前にも一度受けたことがあるが、今回大きく変わった点としては、AED(自動対外式除細動器)の取り扱いについて学ぶことが出来たことである。

 市内の小中学校を始め、公共施設に順次設置されているこのAEDは、突然の心停止に大きな威力を発揮することは判っていても、「いざ! 使わなければ」という時に、取り扱い方法が判らず、使用をためらってしまうだろうなと思っていただけに、実際に体験することが出来てとても良かったと思う。
2007年1月21日(日)
 朝7時からの桜区健康ウォーキングを終えた後、知立の藤田屋さんで行われた『竹内舞踊研究会 舞初め』に来賓として出席した。亡くなられた竹内先生の遺志を継いで、会員の皆さんが新美会長の下で立派に頑張ってみえる。

 その後、小山公民館のクラブ発表会に参加した。こちらは毎年、議員もカラオケか何か1つ発表することになっている。カラオケ下手な私としてはいつも頭を悩ませる行事である。昨年は「歌が下手な分、衣装で誤魔化そう」という不純な動機で、フーテンの寅さんの格好で[男はつらいよ]を歌った。今年は流石に同じ手は通用しない。「ならば、デュエットとセリフで、歌う部分を出来るだけ減らそう」というまたしても不純な動機で[浪花恋しぐれ]を歌った。今日は一日、文化の薫り高い一日であった(?)。

 今、夜8時半。たった今テレビのテロップに「宮崎県知事選 タレントのそのまんま東氏が当選」の一報が流れた。今週視察で行っていた宮崎県では確かに「そのまんま東候補 結構善戦してるよ」「討論会では、具体的な数値をあげて訴えていて、そのまんま東候補が一番まともに見えた」などという話を聞いたが、まさか本当に当選するとは・・・(@_@)。
2007年1月20日(土)
 午前中かけて、先日自民クラブで行った行政視察の所感を書き上げた。A4で5ページ、これまで書いた所感の中では最も長い文章となった。

 そして午後からは、後援会事業である『京都への初詣』の名簿整理と集合場所・時間の案内文作成・発送作業を行っていた。

 ということで、今日は事務所での作業に追われた1日だった。途中、「街頭演説をやりに行こうか」と迷ったが、県知事選の最中なので、(選挙違反にならないよう、注意をしているつもりなのだが)不用意な発言で迷惑を掛けてもいけないので、中止することにした。
2007年1月19日(金)
 今日も市場から「ちゃっとこいて(注釈:森田市議の口癖で、急いでの意味です)」帰ってきて、7時20分から刈谷駅前で知事選の街宣活動を行った。法定ビラを受け取る方の反応が、告示日を過ぎたことで多少良くなった感じもあるが、まだまだ関心が低いように思う。35年前には65%ほどあった知事選の投票率が確か前回は36%ほどだったように思う。今回は与野党対決の構図なので、少しは回復することを期待したい。

 その後、街宣車に乗って刈谷市内を1時間。今日の街宣車は[かんだ号]ではなく、自民党をPRするための[新世紀号]。有権者にとっては同じように思われるかもしれないが、ルール上は大きな違いがある。従って、マイクを通じて訴える言葉も慎重にしなければならない。

 17日間の選挙期間中、僅かこの2台で愛知県中を廻るわけだから、「一度も選挙カーを見なかった」という人が大半なのだろうな・・・(苦笑)。
2007年1月18日(木)
 愛知県知事選挙が告示された。午前中は酒井県議の事務所でその打ち合わせ。そして午後からは、岡崎の[真宗大谷派三河別院]で行われた出陣式に、後援会のメンバーと共に出席した。道路が比較的空いていたため、開始の1時間前に到着。1月としては暖かな日差しだったので、外で待っている時間が余り苦にならなかった。

 しかし午後2時、出陣式が始まると雲行きが急に怪しくなってきた。「雪が降り出さなければいいが・・・」と心配になるような空模様だ。が、本人の熱気のこもった力強い挨拶で、寒さを吹き飛ばすことができた。決戦に臨んでいる候補者のキリッとした姿は、見ていても美しく(上手い表現が見つからないが)、見ている者の心を打つ。「この人なら間違いない!」そのような思いを強くした出陣式だった。

 どの候補の出陣式か?・・・。もちろん言わなくても判ると思いますが、告示後であるため名前は伏しておきます。
2007年1月17日(水)
 今、午後6時半。行政視察からたった今帰ってきて、パソコンを叩いている。

 昨日・今日と少し雨に降られたが、視察には大きな影響もなく順調に終えることができた。詳しくは後日UPする[視察所感]にて。
2007年1月15日(月)
 今、朝3時50分。これから名古屋中央卸売市場に向かう前にこの日記を書いている。今日から3日間、自民クラブメンバーの半数で、視察研修に出かけることになっているのだ。

 従って、これから市場に行った後、大至急で仕入れを済ませ、着替えをして、集合場所である市役所の南庁舎に7時50分に集合するという予定である。[7時50分集合]は正直な話、ちょっときついが、議員としての務めにぜったいに支障を生じさせてはならない。今日も1日ガンバロー(`・ω・´)。もちろん、安全運転で・・・。
2007年1月14日(日)
 藤田保健衛生大学病院関係者とのゴルフコンペに参加した。風もあまりなく、1月としてはそれほど寒くない気候であったのだが、スコアの方は相変わらず冴えない。運動神経がないことをまたしても実感した1日であった(* ̄∧ ̄*;)。
2007年1月13日(土)
 夕方から『刈谷商工会議所青年部1月度例会』。講師に私立豊川高校の教諭である宮本延春氏をお迎えして、私の所属している研修委員会の担当で開催した。

 この宮本先生、小学校時代にいじめを受けたことで学校嫌いになり、中学校1年生の時の成績はオール1であった。18歳で両親と死別し天涯孤独の身に。しかし23歳の時に見たアインシュタイン博士のビデオに感動し、[小学校3年生のドリル]を買ってきて猛勉強。24歳で豊川高校の定時制に入学し、27歳で名古屋大学に合格、大学院まで9年間研究に没頭し、現在は母校の教諭を務めているという経歴の方である。

 子供達にもぜひ聞かせたくて、家族全員(3人の子供と妻)で今日の例会に出席した。

 「人を評価することは難しいということを知っています。どんなに勉強が出来ない子供でも輝かしい可能性があることも知っています。ちょっとした[キッカケ]があれば誰でも頑張れる! これは私がこれから伝えたいことです。」
2007年1月12日(金)
 今日も午前中は葬儀に参列。これで今年に入って5件目の葬儀。

 昨年の[神谷まさひろ後援会の収支報告]を愛知県の選挙管理委員会に提出してきた。後援会とはいっても、皆さんから会費を頂いていないので、収入は私自身と妻からの寄付、そして初詣をした際に参加者から頂く参加料だけである。そして支出は、事務所の家賃と諸経費・コロンブスレポートの発行経費、そして初詣の交通費・食事代などである。

 5万円未満の領収書は添付する必要がないのだが、敢えて透明性を高めるために全て添付しておいた。
2007年1月11日(木)
 午前中は知人の葬儀に参列。ついこの間お会いしたような気がしていたのだが、昨年の2月から体調を崩され入院してみえたとのことである。享年68歳。まだまだお若いのに・・・ご冥福をお祈りします。

 4年前もそうであったが、選挙が近づいてくると色々な声が耳に入ってくる。日頃の活動を褒められ、励まされることもあれば、逆に大変厳しい評価を頂くこともある。「嬉しい言葉に舞い上がらず、厳しい言葉には落ち込まずに謙虚に反省。心に沸き起こる波風をできる限り穏やかに、いつも平常心。」そのような心境でいることを心掛けている。
2007年1月10日(水)
 夜、お通夜の弔問を終えた後、『都心交流エリアワークショップ』の打ち合わせ兼新年会に出席した。話の内容は、風俗店と共存した桜町のまちづくりについて。最終的には[まちづくり協定]を作って、地域住民のまちづくりに対する意識を高めてゆくことが大切だ。

 今日の会場はアピタ前にある『居酒屋 ひふみ』さん。入店したときから帰るまで、どの席もずっと満席で、大変繁盛していた。確かに、料理も旨いし、お値打ちだし、なにより大将夫婦と子供さん2人共が店に携わっていて、アットホームな店の雰囲気が良い。流行る店にはそれなりの理由がちゃんとあるのだ。
2007年1月9日(火)
 いつものように名古屋中央卸売市場に行った後、朝7時20分から刈谷駅において自民党の街宣活動。この7時20分からという時間は非常に厳しいが、なんとか5分遅れで参加することができた。

 乗降客に、神田知事の特集が組まれた自民党の機関誌を配るのだが、反応が非常に悪い。ビラを受け取ってくださるのは200人に1人くらいか(?)。それでも、大村代議士の演説が始まると、その割合は格段に増える。兎に角、関心を持ってもらうことが大切だ。

 夜は、酒井県議の賀詞交換会に出席した。来賓の挨拶は全て、今年行われる選挙の話。自ずと選挙に向けた機運が高まってゆく。改めて、「勝負の年!」を実感した1日であった。
2007年1月8日(月)
 今朝は朝から雨。今日から仕事始めのトヨタ系社員にとっては、新春の出鼻をくじかれたような感じだろう。昨日この日記に、加藤賢次議員との『新成人の集い』での写真を掲載したところ、早速加藤議員からメールが送られてきた。HPを新たに開設されたとのことである。これで私どもの会派(自民クラブ)としては3人目ということになった。「開設した以上はマメに更新しないと価値がありませんよ」と、ちょっと生意気かとは思ったが、HPの先輩としてアドバイスをしておいた。まあっ、その生意気さを包み込んでくれるだけの度量が加藤議員にはあるから、許してくれるだろう・・・(笑)。
2007年1月7日(日)
 朝5時からの『朝起き会』に出席。今日は、いつも重原市民館で行われている刈谷市の会場が、それまでの[支舎]から[支部]に昇格して6周年の節目を祝う『朝起き会』だったため、来賓を含め大勢の出席者があった。帰りにはお祝いの赤飯も振る舞われた。

 帰宅後、ラフな服装に着替えて桜区ウォーキングに。朝7時になっても桜市民館駐車場にはだれも来ない。あっ!ここで気付いた。今日は第1日曜日だった。毎月第1日曜日は、8時からの2時間コースになっているのだ。新年早々ぼけてる(苦笑)。

 その後、葬儀に参列。享年81歳。ご冥福をお祈りいたします。

 帰宅後、背広に着替え、午後1時半からは、体育館で行われた『新成人の集い』に出席した。例年の通り、華やかな[大同窓会]といったところだ。市会議員の中にも「子供が今年成人を迎え、この会場にいるんだ」という方が数名いる。その中の一人、加藤賢次さんの娘さんと記念写真を。
 



 


 
 そして、華やかな会場の外には、『ひかりワークス風鈴』に通っている石川悠葵君の姿が。彼も今年成人を迎える、今日のために新調した背広がよく似合っている。これまでのご苦労を想うとき、この日を迎えるお母様の喜びも一入のことだろう。「これからも前だけを向いて明るく行こうね」そんなことを心で語りかけながら、こちらも記念写真を一枚。

夜は、再び喪服に着替え、知り合いのご尊父様通夜弔問のため碧南へ。今日は結局1日に7回も着替えをしたことになる。着替えの回数だけだったら新記録だな!
2007年1月6日(土)
 衣浦東部広域連合消防局の『消防出初式』に出席した。本来は双葉グランドで行う予定だったのだが、朝から降り続く雨のため、会場を依佐美中学校の体育館に変更しての開催となった。従って当然、消防車両等もなく、式典だけの開催である。議員になって7回目の出席だが、雨のために屋内での開催となったのは初めてのことだ。

 午後からは、神田知事の選対会議が行われた。知事選は1月18日(木)告示で2月4日(日)が投票日なので、もう1ケ月を切ったことになる。あっという間だろう。

 夜は産業振興センターで行われた、『西三河の地域福祉を考える会』に出席した。NPO法人の[くるくる]さんの主催により、障害者施設の様々な事業者が出席しての勉強会兼ネットワークを広げるための情報交換会といった性格のものだ。

 大村代議士も2時間近く同席して、障害者自立支援法に対する事業者からの多様な質問に答えてくださっていた。「大村さんは本当によく勉強しているし、頭が良い。あれが自分だったら、刈谷市政に対する質問にあれほど明確に答えられるだろうか・・・?」質問に対する受け応えを聞いて改めて感心した。
2007年1月5日(金)









 今、朝8時15分。今日は名古屋中央卸売市場の初市。仕入れを終えて今、会社に戻ってきたところで、ほっと一息(^o^)。マグロや近海魚・大衆魚など、今年初めてのセリが行われたが、漁師がまだ休んでいるせいかマグロ以外の入荷は少なめである。(マグロの場合、ほとんど輸入なので漁師の休みとは関係ないのだ)
 
 トヨタ系各社がまだお正月休みのため、刈谷市内の道路は閑散としている。こんな日は配達がスムーズに出来てとても助かる。魚屋の仕事は今日からがスタートなので、今日はずっと魚屋の仕事をする予定だ。と、いうわけで今日は日記を朝のうちに書いておきました。
2007年1月4日(木)
 午前9時から、桜少年野球団の『練習始め式』に出席した。「今年は、目標を決めたら、それをきちんと紙に書いて机の前にでも張っておいてください。そして、その目標が実現している自分の姿を思い浮かべながら、練習に励んでください。そうすれば、その目標は本当に実現します。成功するための秘訣は、成功するまでやり続けることです。」そのような内容の挨拶をした。小学生の低学年から6年生までという幅広い年代を対象にした挨拶は何度やっても難しい(-_-X)。

 その後、小山市民館で行われた『公民館鏡開き』に出席した。来賓として来ていた大村代議士より、天皇陛下から戴く[副大臣の認証書]を見せてもらった。汚さないように細心の注意を払いながら・・・

 そして、市役所は今日から仕事始め。全ての課に年始の挨拶回りをした。

 それが済んでから、エルシティ前で255回目の街頭演説。昨日と違い、駐車場に止めることに苦労するくらい混んでいる。ふぅむ、時間帯の関係かな? 午後3時から約1時間。始めた頃は穏やかな陽気だったのだが、終わる頃には急に寒くなってきた。
2007年1月3日(水)
 朝から家族で市原神社へ参拝に。おみくじは大吉、よしっ!(笑)

 その後、岡本守二議員の養母様の葬儀に参列した。突然の別れだったようで、お孫さんの弔辞では故人の人柄が偲ばれる。

 その後、エルシティ前とアピタ前で新年初の街頭演説を行った。「三が日は買い物客で賑わっているだろう」と期待して出かけたのだが、駐車場に着いてガックリ。普段の日曜日より閑散としているのだ。警備のおじさんに聞いたところ「元日・昨日と超満員だったが、今日はガラガラだよ」とのこと。

 人出が少ないのは残念だが、1月らしからぬ暖かな陽気の中、選挙を迎える今年初めての街頭演説を力一杯行った。「さーっ、今年は勝負の年だ。」否が応でも演説する声に力が入る。

 午後3時半から5時半までは、神田知事を先頭に明日の愛知を創る『新世紀の会』による街頭活動を行った。写真のような[新世紀号]に乗って刈谷市内を走るのだが、僅か2時間では小垣江から井ヶ谷まで、走り抜けるのが精一杯だ。
2007年1月2日(火)
 昨日の新聞に載っていた私の[今年の運勢]

 みずがめ座・・・これまで頑張ってきたことがやっと認められたり、い
         よいよ本格的な成果があらわれてくる幸運な1年。

 子年・・・地道な努力が開花し結実。周囲から突出することなく「まと
      め役」や陰で仕切る役どころが最適。好調なときほど細心の
      注意が大切。強運に溺れれば降下も。

 どちらも、「これまでの行ってきたことの結果を出す」という点では、なかなか良さそうな運勢だ。ついつい7月に行われる市議会議員選挙と結びつけて考えてしまう(笑)。が、油断大敵。細木数子氏によれば、土星人(+)の今年は、3年間続いた大殺界の最後の年で、今年が一番危険な年とのことである。

 そうやって考えると結局、運勢に頼るのではなく、自らの地道な努力で道を切り開いてゆくことが大切なのだ(`・ω・´)。
2007年1月1日(月)
 いよいよ3度目の選挙の年、2007年の幕開けである。午前零時から桜区の御霊神社で行われた『元旦祭』に出席。穏やかな天候で、大勢の参拝客が訪れている。

 終了後、仮眠を取り、午前5時から重原市民館で行われた(社)実践倫理宏正会の『朝起き会 元朝式』に出席。毎年1月1日は通常の朝起き会ではなく、会長先生からの[年頭の辞]が支部長によって伝達される、年の初めにふさわしい重要な日だ。就任間もない大村ひであき内閣府副大臣のほか、榎並市長・酒井県議・住田県議らも来賓として出席している。

 午後1時半からは、小山の天子神社で行われた『歳旦祭』に出席した。昨年は、この『歳旦祭』への出席をうっかり忘れてしまったので、今年はしっかり記憶しておいた。朝出席した、桜区の神社では厄年のメンバーが6名だったのに対して、こちらの小山地区では実に25名もいる。こんなことからも、「小山地区がいかに大きな地区であるか」を実感する。この時間帯も、小春日和の穏やかな天候。今年1年がこの天候のように、事件事故のない穏やかな1年であって欲しいとお参りした。