東陽町ホンネの日記

2006年12月30日 (土)
 今日も朝は魚屋の仕事。食品業は休みが少ないのです。その後、洗車・事務所の大掃除など。

 夕方からは『桜区健康ウォーキング愛好会』のメンバーで忘年会を行った。メンバー・雰囲気が良いので、カラオケの得意でない私が3曲も歌ってしまった。そして、ちょっと飲み過ぎた・・・かな(*`ε´*)。
2006年12月29日 (金)
 いつものように朝3時半から、名古屋中央卸売市場に。わが社の場合、日比野にある中央卸売市場に行った後、少しだけの買い物をするために名古屋駅前にある柳橋市場にも立ち寄っている。年末のこの時期、柳橋市場は一般のお客さんでごった返していて、歩くのにも一苦労する状態だ、ふぅー。

 午前中は、自民クラブで知事選挙の打ち合わせを行った。年明けからかなりハードな日程が入っている。自らの選挙を含め、来年は勝負の年、厳しい1年になりそうだ。今のうちからしっかりとした心構えが大切だ。


終了後、慌てて碧南にある弟の自宅へ。毎年恒例となっている年末の[餅つき]を少しだけやらせて貰った。年末に庭先でこうして餅つきをするのも、今ではめずらしい光景なのだろう。通り掛かった近所の方がめずらしそうに立ち寄って行かれた。


 その後、産業振興センターで行われた『阪神タイガース赤星選手の励ます会』に出席した。普段はもちろん中日ファンなのだが、毎年この日だけは[にわか阪神ファン]に。
2006年12月28日(木)
 「兎に角、今日中に配り終えてしまわなければ」の一念で、昼食も取らずにコロンブスレポートの手配りのため自転車を漕ぎ続けた。強風のため、アゲインストの時には自転車が少しも進まない。それでもなんとか午後3時前には全て終了。よく頑張った自分を褒めてやりたい心境だ(*^_^*)。

 その途中、[名鉄イン]の建設工事がかなり進んでいることに気付く、そしてその手前には、南口再開発のため取り壊される建物のガラス部分にベニヤ板が打ち付けられている。刈谷駅南口が大きく動きつつあることを感じる。

 夜、大きなニュースが飛び込んできた。行革担当大臣に渡辺喜美氏が就任することに伴い、空席となる内閣府の副大臣に大村秀章氏が就任するとのことである。「大村さん、早くも副大臣か・・・。」同級生として、どこまで上ってゆくか楽しみになってきた。

 コロンブスを配り終えたタイミングで、このHPにも『Web版 コロンブスレポートVol.32』をUPしておいた。左手(←)にありますので、誌面でお届けされていない方はこちらにてご覧下さいm(_ _)m。
2006年12月27日(水)
 現在、夕方の5時半。コロンブスレポートの手配りをしていたが、辺りが暗くなってきたので切り上げて事務所に戻ってきたところである。そして、いつものように豆乳を飲みながら、キーボードを叩いている。ふぅー。本当は温かい紅茶でもあるとベストなのだが・・・。

 今日はボランティアの皆さんが朝8時半から来てくださって、午前中には郵送用のレポートを全て封筒に詰めることができ、そのまま郵便局へ。そして、午後からは桜区への手配りをスタートさせ、なんとか今日の目標としていた所までは終えることができた。

 夕刊の天気予報によると、明後日の午後からは[雪のマーク]も出ている。なんとか明日中には配付を全て終えたいところだ。
2006年12月26日(火)
 夕方刷り上がってくる予定だったコロンブスレポートが、昼には納品されてきた。急遽、子供達を集めて、3つ折り・封筒詰めの作業をすることにした。今年の場合、コロンブスレポートの作業が例年より一週間近く遅れているので、この半日はとてもありがたい。


 コロンブスレポートの発行を始めた初当選直後(今から7年前)には、作業をしている周りで遊んでいるだけだった子供達も、今では貴重な戦力だ。おかげで、全ての3つ折り作業を終えることが出来た。

 さあっ、明日からはお手伝いのボランティアさんも来てくださる。なんとか明日中には郵送したいものだ。そしてその後、桜区への手配りだ。
2006年12月25日(月)
 朝7時20分から刈谷駅において、自民党刈谷支部の街頭活動を行った。神田知事の特集が組まれている自民党の機関誌『自由民主』を乗降客に配るのだが、これが今ひとつ反応が悪い。神田さんに対してどうだこうだと言うのではなく、来年の知事選挙に対して関心がまだまだ低いのだ。ビラを受け取ってくれる人の数は、昨年の郵政解散による衆議院選挙に比べ格段に少ない。

 9時近くまで行った後、神田さんへの推薦状をもらいに企業訪問を終日行った。「状況はどうですか?」とよく聞かれるのだが、これまでの選挙に比べて厳しいことには違いがない。ただ、それ以上に関心の低さが気になるところである。
2006年12月24日(日)

 朝7時から桜区健康ウォーキング。そのまま桜市民館駐車場での資源回収のお手伝いを行った。今年最後の資源回収ということもあって、回収量は普段より若干多めかな。

 その後、桜区桜会・若桜会(老人クラブ)合同の『年越し・お楽しみ会(忘年会)』に出席した。これまでは青葉福祉センターの畳の部屋で行っていたのだが、「青葉福祉センター内ではアルコール禁止」というルールになったため、会場を市民館に移して行われるようになったのだ。「会員の親睦を図るために、会の責任において提供する少しくらいのアルコールは、場を盛り上げるために良いではないか」と私などは思うのだが・・・

 そして、エルシティ前とアピタ前で今年最後の街頭演説を行った。12月にしては暖かな気候で、とてもやりやすかった。エルシティ前では大勢の人から声を掛けられた。感謝!
2006年12月22日 (金)
 総合運動公園内に出来る新体育館(ウィングアリーナ刈谷)の見学会に参加した。建物の中に入ると、「流石にでかいな」と「南部生涯学習センターたんぽぽに似てるな」という第一印象をもった。聞いたところによると「たんぽぽと同じ設計事務所が手がけた」とのことであった。

 外では、人工芝1面と天然芝1面のサッカーサブグランドの新設工事も急ピッチで進められていた。これが完成すれば総合運動公園も一応全ての整備が終了することになる。あっ、あと駐車場の問題が残っていた。これは逢妻川の北側に新設する計画だ。

 4月の28日・29日にオープニングイベントや、総合運動公園全体でのフェスティバルを開催するとのことであった。詳しくは後日このHPでも案内します。
2006年12月21日(木)
 12月議会の最終日。山本一太参議院議員のブログに書いてある言葉「政治は[不条理]な世界だ。まっすぐ進もうと思っても、時には妥協や迂回を余儀なくされる。それでも常に正面から突き抜ける気概を持ち続けたい。」・・・そう思っているのだが、正面から突き抜ける勇気と力がなかった。

 夜は、12月議会終了日恒例の議員親睦会。部長以上の職員を含め総勢55名。数人の方より「神谷君、最近おとなしいね」と言われる。「何も咲かない冬の日は、下へ下へと根を張ろう」の心境だ。
2006年12月20日(水)
 朝10時から予算審査特別委員会。その前後には会派での打ち合わせ。県知事選挙に関することに時間を費やした。今回の知事選挙は[自民+公明党vs民主党]激突の構図となっているので、これまでの知事選にはない力の入れ方をしている。神田知事の必勝を目指して(`・ω・´)。

 午後からは、コロンブスレポート郵送のための準備作業。レポートが刷り上がっていなくても、封筒への宛名貼りなど、やっておかなければならない作業は沢山ある。そして、これがまた結構時間が掛かるのだ・・・。やはり年末は忙しい(´_`;)。
2006年12月19日(火)
 コロンブスレポートVol.32の校正前原稿が出来上がってきた。このレポートはいつも、[私が原稿を書いて、掲載する写真と共に編集長であるmeet君こと榊原さんにメール]→[meet君がレイアウト・編集をして再び私の元にメール]→[校正をしてメール]というやりとりをしている。

 私はただ原稿を打つだけなのだが、それをmeet君が上手に仕上げてくれる。印刷屋はこの時期、正月に新聞に織り込むチラシの作成で大忙し、その間に私のレポート印刷を無理矢理挟み込んで貰うのだから誠に申し訳ないと思っている(-_-)。完成は「26日の夕方」とのこと、判っていてもやはり気持ちは焦ってしまう。ふぅむ(´_`;) 。
2006年12月18日(月)
 昨日行われた犬山市長選挙において元県議の田中志典氏(48歳)が当選した。この選挙には実に8名もの候補が立候補しており、有効投票総数の4分の1を獲得する候補がない場合には、再選挙の可能性もあっただけに、次点候補の3倍近い票を獲得したことは意外である。

 会合で顔を合わせたことがある、自民党愛知県連青年部長を務めていた山田拓郎氏にも注目していたのだが、残念ながら次点ということになった。「若い人がいい」という声はよく耳にするのだが、流石に33歳では若すぎるということか・・・。

 そして、今回の結果以上に気になることが1つ。投票率が56.72%しかなかったことだ。石田前市長の辞職による8人もの候補の乱立ということで、結構注目を集めていたように思うのだが、それでもこの程度の投票率しかなかったことは非常に残念なことだと思う。
2006年12月17日(日)
 







午前7時から桜区健康ウォーキング。午前10時半よりボランティアグループ『チェリー』主催によるクリスマス会に出席した。『喜べば 喜び事が 喜んで 喜び集めて 喜びに来る』という言葉を引用して、「プレゼントは貰えばもちろん嬉しいのですが、渡すことの方がもっと嬉しいのではないでしょうか。『喜び』を人に振りまくことの出来る、[喜び上手な人]になりましょう。」という内容の挨拶をした。そして今年もサンタクロースの服装をしてプレゼントを渡す係をやらせて貰った。『喜び』を人に振りまくことの出来る嬉しい役だ。感謝!

 午後からはイオンに映画『硫黄島からの手紙』を観に出かけた。これで『父親たちの星条旗』に続いて2部作をどちらも観たことになった。午後1時頃に着いたのだが、建物の道を挟んで南側にある駐車場の一番遠い端にしか駐車出来ないほどの混雑ぶりだった。帰ったのは4時半頃、その時でもイオンに向かう車線は信号の所で長蛇の列をなしていた。港町交差点の改良工事の必要性を実感した。
2006年12月16日 (土)
 終日、魚屋の仕事。このところ忙しくて後回しになっていた魚屋の方の仕事を、なんとか片付けることができた。そして、夕方からはコロンブスレポート編集長のmeet君と打ち合わせ。印刷屋さんも年末で忙しくて、刷り上がりは26日(火)の夜になってしまうらしい。

 うわー、なんとか年内には配りたいのだが・・・とてつもなくハードなスケジュールになりそうだ。
2006年12月15日 (金)
 午前10時から自民クラブの打ち合わせ。議題は[県知事選挙への対応について]。年末年始を挟むから、県知事選まで残された日数は決して多くはない。これまでと違い、自民党+公明党VS民主党との激突だから情勢は極めて厳しいところだ。

 午後からはコロンブスレポートの原稿書き。なんとか仕上げることが出来た・・・かな(?)。
2006年12月14日(木)
 師走に入ってからなにやら急に忙しくなってきた。どんなに忙しくても議会での議論だけはチェックしておかねば・・・との思いで、今日も午前10時から文教委員会を傍聴。これで一通り常任委員会へは出席したので、ぼちぼちコロンブスレポートの原稿を書き始めなければならないのだが、気ばかり焦ってしまいなかなか進まない。

 12月11日(月)の日記を読まれた数人の方から、「JCの先輩って誰?」との質問を頂く。大勢の方の前で挨拶をされたのだから、「他の人から聞いて・・」とお願いしている。私は自らを[政策には強い(?)けれど、政局には弱い議員]と自負しているので、すみませんが・・。

 夜は商工会議所青年部の例会に出席。[例会]とは言っても忘年会である\(^o^)/。

 刈谷駅と東刈谷駅の間に出来る新しい駅の名前が決まったようだ。『野田新町』ということである。「刈谷○○」というように刈谷を付けたものも候補としてはあったようであるが、「刈谷駅」「東刈谷駅」と類似の駅名が続くと、利用者や乗務員が間違う危険性があるために、この地域の地区名を取って『野田新町』としたとのこと。開業は平成19年春です。
2006年12月13日(水)
 今、午前7時。昨夜から霧が立ちこめ、ライトを点灯させないと前が見えない状態である。こんな日に名古屋中央卸売市場に行くのは運転しづらく大変なのだが、幸いなことに今日は休場である。

 昨日の中日新聞夕刊[あすのあなた]という占い欄に「障害を克服し願望が成就する時 金運◎ 愛情◎」となっている。実は、毎日チェックしているこのコーナーを、私は結構信じているのだ。今日はなんだか良い日になりそうな予感である(*^_^*)。

 午前10時から建設水道委員会に出席。来春から工事が始まる刈谷駅南口再開発について、地元の業者が参画出来ないような答弁だった。「刈谷の地に、刈谷市の税金で、刈谷市の施設を造るのに、地元の業者が関われないのはおかしいではないか。同じく再生機構が行った新体育館においては地元企業への発注があったではないか。これは建設の分野における[地産地消]なのだ。ぜひ再生機構側に強く要請して欲しい。」このように発言した。
2006年12月12日(火)
 今日も午前10時から福祉経済委員会の傍聴。今日は請願の審査が3本あったので、その審議だけで午前中かかってしまった。市営西境住宅の所に公共施設連絡バスの停留所を設置する請願では、我が会派の近藤議員の発言が非常に判りやすくインパクトがあった。確かに、バス停を移動すれば、近くになった住民は喜ぶのだが、反対に遠くなってしまう住民がいるわけで、こういった問題については、地域で決めるべき問題であると思う。

 夕方、JCの後輩が尋ねてきた。来年例会において、障害者福祉の問題を取り上げるとのことである。ふぅむ。障害者福祉は奥が深いし難しいぞ! だが、初めての委員長で果敢にそのテーマにチャレンジするその姿勢をぜひ応援してあげたいと思う。
2006年12月11日(月)
 午前10時より企画総務委員会を傍聴していた。今日のように陳情や請願のない時は、一般の方の傍聴はまず見られない。今日の傍聴者は私を含め議員が6名ほど。

 午後2時半からは『都心交流エリアワークショップ』に出席した。夜の部よりも、この時間に開いてくれると出席しやすくてありがたい。終了したのが夕方5時頃だから、2時間半みっちり会議をしていたことになる。議題は刈谷駅周辺(主に北口)のまちづくりについて。この地域は飲食店・風俗店・住民とが共存してゆかなければならない地域である。

 夜はJCのOB総会に出席した。その席で、先輩の一人が、来年行われる市長選挙への立候補を表明された。突然のことなのでビックリしたが、JCで活動を共にしてきた後輩として、その志と勇気に敬意を表したいと思う。
2006年12月10日(日)
 毎週日曜日は7時から桜区健康ウォーキングをしているのだが、今日は欠席をして、代わりに議員の有志による桜町跨線橋の草取りを行った。この跨線橋の草取りは1年間に4回位行っていて、今年はこれで最後の草取りである。正月前に散髪に行くみたいなもので、跨線橋も綺麗さっぱりとして新年を迎えようというわけである。始める前は少し寒かったのだが、終わり頃には体がポカポカ、とても気持ちの良い汗を流すことができた。

 午後からは産業振興センターで行われた『TAROかまやつ クリスマスコンサート』に出かけた。このコンサートの収益は全て[ひかりの家]き寄付されるとのことである。昨年行われた[海援隊コンサート]と同様、ひかりの家が企画するコンサートには人々の優しさが溢れている雰囲気がある。
2006年12月9日 (土)
 自民党愛知県連青年局主催による『県下青年局長会議』に出席。この会に出席しているメンバーは、政治に情熱を持って取り組んでいる者ばかりなので、初心に戻ると共にやる気を貰うことが出来る。

 
 今日の講師は内閣官房副長官の鈴木政二参議院議員。小泉さん・安倍さんの側近ならではの話と、北朝鮮問題について大変興味深い話を聞くことが出来た。「据え膳・盛り飯(党の公認や推薦が貰えること)でないと選挙に出ないという悪い風潮、勇気の無さが最近の若手には見られる。たとえ無所属であっても勝ち抜くという気概が大切」・・・青年局長会議にふさわしい鈴木先生からの激励だった。

 時間の関係で懇親会に出席することは出来ずに、次の会場に。(社)刈谷青年会議所の納会にOBの一人として出席。JCの現役時代が懐かしく思い出され、ウキウキした楽しい気分になる。仕事や家庭の関係で何度か退会をしなければいけないような状況になりながら、踏ん張ってなんとか今日の卒業(40歳)の日を迎えることの出来たメンバー、一年間のアクティブな活動が評価され褒賞を受けたメンバー、一生懸命やりきった者の流す涙は美しいと思う。
2006年12月8日 (金)

 現在午後5時。つい先ほど、[ブックセンターMEIHO]でPCソフト『筆まめVer.17』の解説書を購入した。そしてそのついでにふらっと2階へ。普段、滅多に音楽CDを買うことはないのだが、なぜだか今日に限って先日発売したばかりのビートルズのCD『LOVE』が目に入ってきた。つられるままに何気なく購入。

 帰りの車中、ラジオで「今日がジョンレノンの命日であること」を知った。(偶然なのかもしれないが)めぐり合いの不思議さに驚いている。「世界が平和で愛に満たされますように・・・」そんなことを願いながら、久しぶりのビートルズを聴いている♪。
2006年12月7日(木)
 今朝の朝刊に、『蒲郡市において指定管理者取り消し』の記事が載っていた。指定管理者制度により市民会館の管理運営を任せていた業者が、資金繰りの悪化により破綻した、との内容である。

 一昨日行った一般質問も、この報道の後に行ったら指摘する内容がかなり違ってきたはずである。民間企業に管理運営を委託する際、安全面でのチェックの必要性について、一般質問では取り上げたのだが、この新聞を読んで、「指定管理者の経営面からのチェックも議論する必要があったな」と、少し反省しているところである。

 昨晩から、我が家の給湯器が故障してしまった。台所・洗面所・風呂と全てを賄っていたので、水の冷たさが身にしみる。子供の頃には、こんな便利な物はないので、毎朝気合いを入れて顔を洗っていたことを思い出しながら、「考えてみれば、贅沢になってしまったよな」と思ったりもしている。

 そんなわけで、今日は家族揃ってハイウェイオアシスの『かきつばたの湯』に行ってきた。オープンして直ぐに数回行った程度なので、久しぶりだ。オープン当時ほど混み合うこともなく、ゆっくりと体を温めることができた。たまには良いものだ・・・。
2006年12月6日(水)
 現在午後4時。一般質問2日目の今日も、5名の議員が登壇したが昨日より早く終了。たった今、事務所に帰っていつものように豆乳を飲みながらキーボードを叩いている。

 我々自民クラブの会長である岡本博和議員の質問に答える形で、榎並市長が来年7月に行われる市長選挙に出馬しない意向を正式に表明された。平成7年の初当選以来11年5ヶ月、懸案事項だった刈谷駅南口再開発に目処をつけ、各種事業も着実に仕上げられた市長の手腕は、(派手さやパフォーマンスはないけれど)素晴らしいものであったと思う。まだ任期は半年間残っているのだが、「4選不出馬表明」をされた今日、とりあえずの区切りとして、心から「お疲れさまでした」と申し上げたい。
2006年12月5日(火)
 今日から12月議会が開会。一般質問のトップバッターで登壇、約1時間にわたり3つの項目で質問を行った。事前に案内をしていた方を含めて19名の方が傍聴に来てくださっていた。皆さんお忙しい中、本当にありがたいと思うm(_ _)m。おかげで適度な緊張感を持って、しっかり質問をすることが出来た。

 この緊張感は、心地よい緊張感だ。ふぅむ。結構クセになってる(笑)

 ところで、「この日記の中でよく使う『ふぅむ』って表現、どんなニュアンスなの?」って、この日記をよく見ていてくださるKさんから以前聞かれたことがある。

 ふぅむ。なかなか表現しづらいなぁっ。 あっ!、今みたいな時に使うんです。何となく理解していただけましたでしょうか・・・。 
2006年12月4日(月)
 JC時代の友人である南さんの御尊父様の『お別れの会』に出席した。会場は三河安城の駅前。闘病生活の中、書きかけになっていた父親の自分史をベースに、故人(父親)の生き様・思い出を1冊の本にまとめ上げた南さん。父親への感謝と深い愛情を感じる素晴らしい会だった。

 その後、名古屋で開催されたお客様の業者協力会に出席。日が暮れてから一段と冷え込んできたので、今年初めてコートを羽織った。寒さから師走であることを再認識する。

 郵政造反組の11名が自民党に正式に復党した。このことに関する私の考えは11月26日の日記に書いた通りである。多くの有権者が反対していることを謙虚に受け止めて欲しい。
2006年12月3日(日)
 街頭演説の中で「12月議会においては、単行議案6件・条例議案9件・予算議案10件の計25件が上程される予定です・・・・」と話していると、「条例って何ですか?」という質問を頂いた。

 以前、知立市議の林いくおさんのHPに[条例]の説明が載っていたことを思い出しながら答えておいた。

 「国会が議決してつくる法令を法律と言うのに対し、地方公共団体が議決してつくる法令のことを条例という。当然のことながら、地方公共団体が行う全ての行政サービスは、法律や条例に基づいて行わなければならないのだが、現代の社会変化が激しい時代においては、実態に法律や条例が追いつかないことがあり、そうしたことを補完する法令として、国においては省令、地方公共団体においては要綱などがある。

 法律や条例が立法府である議会の議決を必要とするのに対し、省令や要綱は行政側の意向のみでつくることができることから、比較的、迅速で柔軟な行政運営を可能にするという利点があるのだが、反面、やはり、議会の関与が薄くなることから、行政に対するチェック機能が充分でなくなるというデメリットも考えられる。」
(林さんのHP日記より抜粋)

 議会の中では当たり前に使っている言葉でも、市民にとっては馴染みの薄い言葉はこれ以外にも幾つかあるのだと思う。こういったことも含めて、議会・行政側の視点ではなく生活者の視点をいつまでも忘れずにしなければ・・・。
2006年12月2日 (土)
 午前10時半からエルシティ前で250回目の街頭演説。話すテーマは、やはり一般質問のこと。6名の方が話しかけてくださり、その内の一人からは洋菓子の差し入れを頂いた。感謝!

 約1時間行った後、安城学園高校にお邪魔した。一般質問のテーマである『私立高等学校授業料補助金の増額』について、よりしっかりとした理論武装をするためだ。「理論理屈がいくら正しくとも、人はそれだけでは動かない」ということは判っていても、やはり本会議の場は議論をする場である。情に訴えるのではなくきちんとした数値・データで勝負したい。

 夜は『居酒屋ひふみさん』において中学校時代の有志による同窓会。出席する際のルールは「背広ではなくラフな服装で来ること」。やはり、同級生はいいよなぁーっ(*^_^*)。
2006年12月1日 (金)
 朝、名古屋中央卸売市場からの帰り道、中京女子大の所から中手町の信号までずっと渋滞していた。師走に入って、まちが急に慌ただしくなったような気がする。

 今日市役所では、一般質問についての答弁を検討する部課長会議が開かれているようだ。私の質問に対してどれだけ前向きな答弁がもらえるか・・・? もし余り前向きな答弁でなかった場合、客観的なデータを示して更に反論しなければならない。こちらは土日を使って、更なる情報収集と再質問の準備をしておくことにしよう。
2006年11月30日(木)
 午前10時より産業振興センターで行われた『刈谷市戦没者追悼式』に出席した。一昨日も同じ様な追悼式があったが、今日は『戦没者』で一昨日は『物故功労者』。『戦没者』の場合は毎年行われるが、『物故功労者』の場合は4年に1度行われている。

 正午より会派の打ち合わせ。午後2時から刈谷駅前における『風俗店経営者の皆様との懇談会』に出席するために、会派打ち合わせを途中で抜けて再び産業振興センターへ。議題は[客の呼び込みについて][ゴミ問題について][まちづくり協定について]ということで、4時過ぎまで行われた。

 前回8月2日に行って以来「客の呼び込みはしない」というルールになっていたのだが、どうやらまたそのルールが守られていないらしい。今日出席した店はきちんと守ってくれているようなので、今後は欠席している店に対してどう徹底させるかが問題である。今後、(仮称)桜小路連絡会を立ち上げ、その中で徹底を図ってゆくということになった。